同性愛文化が栄えた理由/『男色の日本史――なぜ世界有数の同性愛文化が栄えたのか』

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 徳川幕府5代将軍・綱吉には20人を超える寵愛する「男の愛人」がいて、側用人でかつての愛人でもある柳澤吉保の屋敷の離れに幽閉されていた。彼らの中には独身者だけでなく妻帯者もいて、起床、就寝、食事など四六時中厳しい監視の下に置かれていた――。本書には、日本史の教科書はもとより大河ドラマでも知ることのできない事実が次々と登場する。

 本書の著者は徳川時代の日本社会を専門とするアメリカの社会史研究者。「徳川時代の男性同性愛についての、世界で初めての徹底的な調査」を敢行し本書を書き上げた。たとえば、男色行為の体位に、「揚げ雲雀」「きゃたつ返し」「逆落(さかおとし)」「夏壕(なつほり)」「から込み」といった様々なヴァリエーションがあることや、「挿入される側の人は、こんにゃくを食べるように要請された(こんにゃくは腸をきれいにすると言われている)」ことなど細々とした情報を精力的に渉猟している。

 著者によれば、江戸の社会では男色は「標準的なこと」で、「両性指向が普通の状態だった」という。そして、「古代ギリシャ・ローマの社会を除いては、男性同性愛がこれほど詳しく記録されている社会はほとんどない」と指摘する。

 日本でも男色を取り締まる法律はあったが、その法の目的は、「秩序の維持と身分制度の存続」にあり、道徳的に断罪するものではなかったという。

 本書を通読すれば、キリスト教価値観によって表層を覆い尽くされ、同性愛を厳しく抑圧してきた欧米の性愛観に比べ、江戸時代の寛容な性愛観の方が、本来的な人間の性欲の在り方にとっては自然だったのではないかと思えてくる。そして、多彩なゲイのタレントたちがテレビ番組で重用されている現代日本の男色文化には、長く続いてきた歴史と感性の背景があるということが首肯される。

 だからといって、日本の男色文化を世界に向けて喧伝するほどのことでもなさそうだが……。

[評者]山村杳樹(ライター)