【卓球】川上流星(17)がユース五輪金メダル獲得! “ジュニア世代の天才”が期待通り“世界レベルの選手”になる卓球界の育成事情
「勝って当たり前」という大きな重圧
川上流星は自宅で父親の指導を受けて育った。小学校1年の時、新潟県内の大会で流星を見た姚が「自分が指導したい。才能がある。流星は必ずすごい選手になる」と感じ、友人を介して熱心に誘ったという。
「スカウトしたのは初めて。村上市の子だけど、どうしても私が指導したかった」
と姚が言った。ところが取材時、体育館に来ていた母・眞紀さんに聞くと、
「このクラブの選手と大会で友だちになって、それで流星が通いたいと言うので」
と入部のきっかけを教えてくれた。どうやら姚に誘われて入った実感はないらしい。ちょうど、流星自身も両親も新しい指導者と練習環境を求めている時期だった。まさに相思相愛。実際そうでなければ流星が姚の元に通い続けるのは難しかった。なぜなら、流星の自宅がある村上市と新発田市は車で片道1時間はかかる。放課後そして週末、父母と祖父が交代で新発田の卓球クラブまで送迎する日常が5年以上続いた。本人の努力だけで続けることは不可能だった。
姚とともに切磋琢磨した5年余の年月の中で、流星は6年時には全日本卓球選手権ホープスの部で優勝、全日本選手権カデット(13歳以下)部門のほか主要3大会を制覇するなど、卓球界では誰もが知る期待の星になった。そして、2022年春、中学入学と同時に日本オリンピック委員会(JOC)エリートアカデミーに入校した。
せめて中学卒業まで自分の元で育てたいと思わなかったのか? 尋ねると姚はすぐ首を横に振った。
「それは無理です。レベルの高い選手と練習しないと強くなれない。新潟県には流星に勝てる選手がもういません。高校生だって流星にかなわない」
中学からの上京は必然的な選択だったと言う。それに、「私はずっと苦しかった」と姚が苦笑した。
「流星が東京に行って寂しいけど、ちょっとホッとした。毎晩ずっと眠れなかったから」
勝って当たり前と見られ、重圧が大きかった。
「明日はどんな練習をするか。課題をどう直すか、考え始めると眠れなくなる」
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