合唱団の半分は未経験で、ドイツ語も知らないけれど…「指揮するたびに“人間は捨てたもんじゃない”と実感します」 世界のマエストロ「佐渡裕」が語る“1万人の第九”の醍醐味

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1万人で《第九》を演奏する意義とは

 12月といえばベートーヴェンの《第九》。《第九》といえば、佐渡裕さんが指揮する《サントリー1万人の第九》だ。文字どおり「1万人」の合唱団で奏でる《第九》である。来年はベートーヴェン没後200年の節目とあって、その露払いともいえそうだ。公演会場は大阪城ホールだが、いまや全国各地から参加者が詰めかける、日本を代表する音楽イベントである。

「1983年、大阪城ホールの落成を記念して、“やってみなはれ”精神の佐治敬三さんが社長をつとめる(当時)サントリーの協賛、“大きいことはいいことだ”の山本直純さんの指揮ではじまりました。1999年の第17回から、ぼくが指揮しています」

 実は佐渡さん自身、最初はこの仕事にあまり積極的ではなかったという。

「《第九》は、やはり100人くらいの合唱団でうたう曲で、それを1万人でやる意味があるのかなと思いました。しかし実際に振ってみると、100人でやっていたときとはちがう、もっと大きな何かを感じるようになったんです。シラーの詩《歓喜に寄す》は、ひたすら多くの人々、世界中の人々に団結を呼びかけ、分断された世界がひとつになることを願っている。そして抱き合いなさい、と訴えている。いま、プーチンとゼレンスキーが抱き合うことは、まず考えられません。イスラエルとパレスチナの問題も同様です。しかしそれでもベートーヴェンは、あきらめるな、もっと新しい響きで、もっと心地よい世界をつくろうとひたすら奏でつづけます。1万人で演奏してみると、このことがとてもよく理解できるんです」

 佐渡さんがいままで指揮してきた28回の合間には、テロや災害など、さまざまな出来事があった。

「この曲が書かれたベートーヴェンの時代にも、戦争や革命、伝染病などがありました。それだけに、もしかしたら《第九》とは、実際に書かれたのは250年も前ですが、実は21世紀の現代のわたしたちのための音楽ではないかという気がするのです。1万人の合唱団の半分は合唱未経験者です。もちろんドイツ語も知らない。年齢も7歳から90歳以上まで。こんな演奏会、海外では絶対にできません。それがこの日本で、毎年、成立している。これこそが《第九》のチカラではないでしょうか」

 今年の《サントリー1万人の第九》は、12月6日に開催される(12月20日に、MBS・TBS系列でテレビ放映あり)。だが佐渡さんの《第九》は、これだけではない。そのあと年内に、音楽監督をつとめる新日本フィルハーモニー交響楽団とともに7回もの《第九》特別演奏会がある。

 バカバカしい質問だが、思いきって「そんなに何回も指揮されて、飽きるということはありませんか」とうかがってみた。

「飽きません。指揮するたびに壮大な手ごたえを感じ、毎回、人間は捨てたもんじゃない、いつか素晴らしい世界が必ず来るはずだと実感しています」

 佐渡さんにとって《第九》はそれほどの重みがある音楽だが、実はこの12月12日から(福岡の一部劇場では12月5日から)、あるドキュメンタリー映画が公開される。事実上、佐渡裕さんの“主演”で、タイトルは「キセキの第九』」臼井賢一郎監督)という。
(後編へつづく)

【後編は「『佐渡裕』と福岡の中高生が難曲『第九』に挑む映画『キセキの第九』…世界的指揮者が生徒たちに提示した『3つの条件』とは」】

富樫鉄火(とがし・てっか)
昭和の香り漂う音楽ライター。吹奏楽、クラシックなどのほか、本、舞台、映画などエンタメ全般を取材・執筆。シエナ・ウインド・オーケストラなどの解説も手がける。

デイリー新潮編集部

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