「犯人と母親」が車炎上で壮絶な焼死…09年「島根女子大生バラバラ殺人」と事件発覚直後の「交通事故」 7年後に結びついても残った“根本的な謎”
容疑者は母親とともに事故死
2009年12月下旬、捜査本部は情報提供用のフリーダイヤルを設置。翌年2月には捜査特別報奨金制度の適用を発表した。以後も捜査に加えてチラシ配布などを行うが、2012年11月に死体遺棄罪の公訴時効(3年)を迎える。捜査本部は時効のない殺人罪に切り替えて捜査を継続した。
目立った進展がみられないまま、事件発生から7年後の2016年10月、捜査本部が投入した捜査員は延べ約31万人に達した。この月にはAさんが行方不明になった当日の防犯カメラ映像が公開されている。
「事態が動いたのはその2カ月後の12月のことです。前触れの報道があった後、捜査本部が会見を開き、島根県益田市在住の会社員B(33=当時)を被疑者死亡で書類送検したことを正式に発表しました。Bの死亡理由は高速道路で運転中に起こした単独事故、日時は臥龍山でAさんの頭部が発見された2日後でした」(社会部デスク)
当時の新聞には事故の詳細が掲載されている。
〈山口県美祢市の中国自動車道で8日午後、乗用車が路側帯に衝突して全焼し、運転席などから男女の遺体が見つかった事故で、同県警は10日、遺体は同県下関市の会社員Bさん(33)と母のCさん(58)と発表した。同県警によると、死因は焼死。〉(読売新聞2009年11月11日付朝刊 ※仮名は編集部による)
深い悲しみと行き場のない“なぜ”
Bの送検容疑は殺人、死体損壊、死体遺棄。2009年10月26日夜から深夜にかけてAさんを窒息死させ、自宅で遺体を切断し、臥龍山に遺棄したという詳細である。捜査本部の会見によれば、素行不良者などを洗い出して広島・島根を中心に捜査を進め、資料や不審車両などの情報と組み合わせた結果、捜査線上にBが浮かんだ。
「決定的な証拠となったのは、2016年10月から11月にかけて見つかった画像データです。捜査本部はBのデジタルカメラや記録媒体上で消去されていたデータも復元し、Aさんの遺体や包丁などが写った57枚の画像を確認しました。Aさんが行方不明になった当日夜ごろ、Bの自宅で1時間半ほどの間に撮影されたものでした」(社会部デスク)
そこに至るまでの情報提供に対して、3人に計300万円の捜査特別報奨金が支払われた。しかし、事件に関する根本的な謎は未解明である。なぜ、Aさんだったのか。なぜ、Bは猟奇的な犯行に及んだのか。なぜ、Bは母親とともに事故死したのか――。
残ったのは深い悲しみと行き場のない“なぜ”だった。浜田市は事件が発生した10月26日を「いのちと安全安心の日」に定め、同日にはAさんが通っていた島根県立大学での黙とうと、市内の安全安心を願う追悼行事「はまだ灯」が開催されている。
***
遺体が棄てられていた場所は雨に見舞われ――。第1回【紅葉残る山に女性の頭部や手足のない胴体…09年「島根女子大生バラバラ殺人事件」 捜査本部が注目した「刃物売り場・レンタル店・書店」】では、遺体発見の報に悲しむ関係者や警察の聞き込みを受けた人物らの証言を通じ、発生当初の状況を伝えている。
[2/2ページ]

