なぜパ・リーグの観客動員数は“セ・リーグに肉薄”するまでに増えたのか? 「地域密着」だけではないセ球団との大きな違い
カリスマ経営者の手腕
パ・リーグでは先んじて1979年に西武がライオンズを買収し、福岡からプロ野球チームが消える事態となりましたが、西武は鉄道の駅で応援歌を繰り返し流し、チーム強化に惜しみなく資金を投入して新天地、所沢および関東圏でファンを獲得していました。この西武にも、堤義明氏(92)というカリスマ経営者の存在がありました。
西武ライオンズの親会社、コクドの戦略はち密でした。球場を敢えて人里離れた狭山湖近くに作り、グループ会社の鉄道路線を球場の目の前まで伸ばしました。こうすることで球場に向かう観客の多くが鉄道で新宿や池袋から長い距離を移動することになりました。また、駅では球団の応援歌を繰り返し流して、沿線住民に「西武ライオンズ」を浸透させていきました。さらに根本睦夫氏に始まり、広岡達朗氏、森祇晶氏まで3代にわたり優勝するために必要な「イズム」をチームにもたらす人物を監督に招きました。
ロッテは本拠地を千葉に移転するのに合わせて愛称をマリーンズに変更、いち早くチームがチアガールを結成するなど「ファンが求めるもの」を追求しファンを増やしました。そして最後まで旧態依然とした体質から脱却できずにいた近鉄バファローズは、2004年にオリックスとの合併を前提に協議を行うと発表し、これをきっかけに球界再編問題が起こって姿を消すことになりました。
新しく誕生した東北楽天ゴールデンイーグルスは、殺風景な公営球場だった県営宮城球場を何年もかけて改修し、いち早く「ボールパーク」に変貌させました。そのイーグルスも三木谷浩史氏(61)というカリスマ経営者がオーナーを務めています。
ファイターズは長年続いたジャイアンツと共用だった東京ドームから札幌ドームへ本拠地を移し、現監督、新庄剛志の加入とその活躍、さらにパフォーマンスも相まって地元ファンを確実に増やしていきました。さらにはエスコンフィールド北海道を建設し、試合がない日にも観光客が訪れるボールパークを成立させました。
当初、テレビ中継と毎年恒例だった円山球場での巨人主催ゲーム開催で、大半が巨人ファンとされた北海道に本拠地を移すことを疑問視する声が聞かれましたが、球団名に「北海道」を加え、道産子に「おらがチーム」という意識を植え付けることに成功しました。移転当初は、東京近辺に住む選手が子供の教育などを理由に単身赴任していたことも不安視される一因でしたが、かつてコーチを務めた平野健氏の言葉を借りると「選手たちは東京ドームを本拠地にしていた時代とは比べものにならない応援を受けて、みんなやりがいを感じている」というほど選手の意識も変わっていきました。
かつて揶揄されたような光景は、もはやパ・リーグの球場にはありません。理由の一つはビジネスに関してシビアなカリスマ経営者がオーナーになったこと、もう一つは福岡から所沢、大阪から福岡、東京から北海道と遠く離れた都市に本拠地を移転させ、イーグルスは長年プロ野球チームがなかった仙台といずれもゆかりのない土地で、ファン獲得のために知恵を絞り、資金も投じて努力をつづけたことだと考えます。
結果、セ・リーグ各球団は後手に回ることになるのですが、次回はセ・リーグを中心に引き続き観客動員について触れていきます。




