「美智子さまイジメ」の真相は? 「“平民出身”以外に、自分に何か気に入らないことが…」 姑・香淳皇后との“本当のご関係”とは 【上皇后陛下 92歳】
10月20日は、上皇后陛下の92歳のお誕生日である。
【写真】「美しすぎる」のひと言…昭和30年代「ミッチーブーム」を呼んだ頃の美智子さま
美智子さまは、長い皇室の歴史の中でも初めて民間から嫁がれた皇太子妃。ご成婚後、皇室の中でさまざまな軋轢が生じたのは周知の通りだ。
皇室ジャーナリストの故・松崎敏弥氏は、2006年、「皇太子ご成婚と『ミッチーいじめ』の真相」と題された記事を月刊誌「新潮45」(現在は休刊)に寄稿。ご結婚の経緯と皇室内での軋轢について記している。【前編】では同記事を再録。「美智子さまイジメ」の第一幕、第二幕について詳述した。【後編】では、美智子さまをもっとも追い詰めた事件と、香淳皇后とのご関係について深掘りする。
【前後編の後編】
(「新潮45」2006年3月号 皇室ジャーナリスト・松崎敏弥氏による記事 「皇太子ご成婚と『ミッチーいじめ』の真相」を一部編集の上、再録しました。文中の年齢、肩書き等は記事掲載当時のものです)
***
宮中聖書事件
だが美智子妃をもっとも追い詰めたのは、他の事件だった。これとその後の第2子流産によって、美智子妃は葉山で3ヵ月にわたってご静養されることになる。事件は「宮中聖書事件」と呼ばれている。
昭和37(1962)年、天皇家の次男・義宮(現・常陸宮殿下)の結婚に注目が集まっていたころの話である。天皇を囲む皇族の会で、天皇が何気なく「義坊はどういうお嫁さんがいい?」と尋ねたところ、「お義姉さまのような、ともに聖書を読める方がいい」と答えたのだという。義宮はこの時、クリスチャンであった侍従から影響を受けていた。だがこの文脈だと、義姉の感化と取れなくもない。神道の天皇家にあってこの発言は問題である。だがその批判の矢は義宮ではなく、美智子妃に向かった。
美智子妃は幼稚園と小学校は雙葉、中学から大学は聖心で一貫してカソリック系の学校で学んだ。だから美智子妃が影響を与えたというのは真実味があった。そしてこの話は、たとえば、次のように脚色されていくのである。
義宮の「お義姉さまとキリスト教の話ができてうれしい」という言葉に昭和天皇が激怒。美智子妃は宮中に呼ばれ叱責を受けた。妃は絨毯にひれ伏して謝ったが、怒りは収まらなかった――。
美智子妃が2人目を懐妊、胞状奇胎で流産するのは翌年のことで、この時も「お一人でいいと思っているのか」「大事な皇子を流産するとは何事か」との声が寄せられる。そして精神的に追い詰められ、言葉を失い、葉山で静養するのである。
後に聖書事件について、東宮大夫だった鈴木菊男はこんなことを書いている。
「『陛下が妃殿下のことで激怒なさり、即刻呼びつけてお叱り云々』の噂が流され、その後何年にもわたりいくつかの誌面に取り上げられた(中略)私の退任後、またしてもその記事の引用が行われたが、それがこの度は陛下のお目にとまったのであろう。後日、侍従職を通じ『このようなことは、事実がないばかりでなく、心に思ったことさえなかった』と深いおいたわりに満ちたお言伝てが東宮職に届けられたと聞く」(『皇太子同妃両殿下ご結婚二十年記念写真集』時事通信社)
[1/2ページ]


