「脳に転移した腫瘍は縮小、脊髄転移は…」 ステージ4の肺がんと闘う「山川豊」(68)のいまを長男が明かす 昨年、初孫が誕生「じいじが歌手だとわかるまで歌っていたい」
今年、デビュー45周年を迎えた演歌歌手の山川豊。10月15日に68歳の誕生日を迎えたのを機に、マネージャーとして山川を支える長男・隼也さん(29)が、父親への思いを明かした。デビュー以来、コロナ離婚に至るまでの山川の軌跡について記した【前編】に続き、【後編】では、ステージ4の肺がんが見つかった後の人生について詳述する。
【前後編の後編】
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「何が何でも治すんだ!」
離婚から約1年後、山川に“がん”が見つかる。
「コロナ禍が明けて、定期健診に行ったところ血液検査の数値に異常が見つかったんです。お医者さんから“肺がんの可能性があるから、すぐに大きな病院で検査してほしい”と言われました。総合病院で検査をすると、お医者さんから“ステージ4のがん”と診断を受けたのです」(隼也さん)
すでに手術ができない状態で、脳と脊髄への転移も認められた。がんの宣告を受け、駐車場の車に乗り込んだ山川は、暗い表情で携帯を取り出したという。
「そこで父の兄である鳥羽一郎さんに電話をかけ“墓はどうしたらいいかな”と話していて。平静を装っていましたが、父もそうとう動揺していたんだと思います。すると、鳥羽さんから“馬鹿野郎! 弱気になってんじゃねぇ。何が何でも治すんだ”と言われてハッとしていました」
離婚した妻と再び同居
山川の“がん宣告”を機に、家族は再びひとつになっていく。
「父の治療の手続きなどは、ほとんど母が行ってくれました。母がいなければ父の治療はもっと遅くなっていたと思います。今は毎月の検査に父と母が一緒に行っていますよ」
元夫婦の関係も改善し、一時は同居することになったという。
「でも一緒に住むとケンカばっかりで(苦笑)。近すぎてもよくないんでしょうね。結局、別々に暮らすことになりました。少し前、母は“私はお父さんに誕生日を祝ってもらったことがない。日にちすら覚えてないんじゃないかな”とボヤいていました。母も思うところがあるようですが、父を支えられることを嬉しく思っているんじゃないかな。離婚したってことを忘れるぐらい、本当に熱心に支えてくれていますから」
病の深刻な影響
だが、24年1月に病気を公表したことで仕事にも影響が出始める。
「打ち合わせなどで、興行主さんから“体調はどうですか?”“出演できなくなった場合の代役は?”などと聞かれ、最終的にお断りされることも少なくありませんでした。興行主さんからすれば、心配は当然だとは思うのですが、ここまで影響があるのかと、がく然としました。歌う場所すらなくなってしまうのかって」
ここで力になったのが、鳥羽だった。
「“俺ができることなら、なんだってやる”と言ってくれて、入院する際は代役を引き受けてくださったんです。高い出演料を払えるわけでもないのに、支えてくれて。最近は鳥羽さんファミリーとの共演も増え、仕事も安定しました。本当に頭が上がりません」
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