バスタブを“レミーマルタン”でいっぱいに…「猪木」「前田」「高田」酒豪ぞろいのプロレス界…海外遠征で「機内のビールを飲み干した」怪物レスラーといえば

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気配りの天龍

 逆に、飲んでも全く変わらないレスラーも存在する。1人は藤波辰爾で、本人の言はこうだ。

「レスラー仲間と飲んでも、どこか構えてしまって、全く酔えないんですよね」

 アマチュアでなんの実績もなく、ただ、猪木への憧れだけでここまで来た藤波らしさを感じるのは、筆者だけだろうか。もう1人はジャイアント馬場。若手の頃は力道山の命でジョニーウォーカーの黒を何度も一気飲みしたが、全く酔えず。なのでスイーツなどの甘党に変わったとする向きもある。

 そんなジャイアント馬場が、積極的に飲んだことがあった。1986年2月18日、台湾遠征の打ち上げの席だった。2戦に及ぶ大会は大成功に終わり、酒席の口火を切って、馬場はこう叫んだ。

「今夜酔っぱらわない奴は、ギャラを上げてやらんぞ!」(と言って紹興酒を一気飲みする)

 馬場夫妻自らが選手、記者のテーブルに出向きお酌。選手たちも頃合いをみて、馬場夫妻に返礼のお酌に行った。前出のプロレス評論家・菊池孝も、馬場夫妻から酌を受け、逞しく育った選手たちの返礼の光景を、ただ、嬉しく、眺めていた。すると、そこに天龍が寄って来て、他人には絶対に聞こえぬ囁き声で言った。

「菊池さん、申し訳ないのですが、宜しければ馬場さんに返礼のお酌をして頂けませんか?」

 菊池本人が、その時のことを筆者にこう、述懐してくれた。

「顔から火が出て、酔いも一気に覚めたよ。俺は馬場ちゃんより6つも上。台湾取材させて貰ったのに返礼も忘れ、ただ酒を飲んでニタニタしてた。天龍は周りをよく見てて、俺が返礼してないのに気付いてたんだな」

 急いで馬場夫妻に返礼のお酌をし、自席に戻ると、また天龍が近づいて来て、頭を下げ、耳元で「ありがとうございました」と、囁いた。

 猪木の著書『闘魂記』(1990年、集英社)で〈「先日、あるパーティで、天龍源一郎という男に出会った。そこで、彼が、ある器を持っている男であるということがわかった〉と記している。〈トップに立つ男は、ある程度の器がなくてはならない〉と大意が続くが、この後の天龍を見れば、それは明らかだろう。

※1:同所の「高台旅館」にて。写真掲載は同年11月27日付「東京スポーツ」。
※2:〇猪木、アンドレ(体固め 6分38秒)ジョエル・デートン●、デイブ・デートン(1985年12月18日。ハワイ・NBCホール)
※3:スコットランドのスペイサイドで作られたシングルモルト。50年もののお値段は、検索で確認を。

瑞 佐富郎
プロレス&格闘技ライター。早稲田大学政治経済学部卒。現在、10数冊目の近著「10・9プロレスのいちばん熱い日」(スタンダーズ)が重版出来中。

デイリー新潮編集部

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