「中道」の交付金受領問題だけではない 野党壊滅を招いた張本人「野田佳彦」こそ責任を取るべきではないか

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減税公約でも票は得られず

 だが、それで票を獲得できたかといえば、そんなに甘くはなかった。残念ながら政治的センスがゼロだったようだ。消費減税の財源に政府系ファンドの運用益などを充てる、という夢物語が有権者に見透かされただけではない。どの野党も消費減税を訴えるというポピュリズム尽くしが高市総理にもつけ込まれ、2年にかぎって食料品を消費税の対象から外す、という公約で先手を打たれ、中道の公約は骨抜きにされてしまった。

 結果は周知のとおり、167議席から49議席への歴史的大惨敗となり、しかも公明党出身者は、比例名簿の上位に優遇されていたので、28人全員が当選したのに対し、立憲民主党出身者の当選は21人にとどまった。それもこれも野田氏が、消費減税などしてはいけないと強く認識しながら、選挙で票を得たいあまり魂を売ったことの帰結であった。

 野田氏は総選挙の前は、高市総理のリフレ指向や積極財政が円安を招き、ひいては物価高を助長している、と国会で厳しく追及していた。なぜ物価が上昇しているのか、その対策としてなにをすべきか、野田氏はよくわかっていた。それなのに、財政不安と円安を招く政策を公約に掲げるとは、自己矛盾にも程がある。どうせ国民にはわかりはしない、と思っていたのだとしたら、いったいどれだけ傲慢で不誠実な政治家なのか。

 結果として、有権者に媚びるだけで、政策に背骨が通っていないのがあからさまになった。だから、2月の総選挙直後には報道各社の世論調査で8%程度あった支持率は、見る見るうちに下がり、7月から8月には1%台前半から2%程度になってしまった。もはや、中道という看板を背負っているかぎり、今後の選挙に勝てる見込みがない。このため、立憲民主党と公明党の参院議員や地方議員の合流が断念され、「分裂」、事実上の「解党」となってしまった。それもこれも、もとをたどれば野田氏が蒔いた種である。共同代表を務めた公明党出身の斉藤鉄夫氏のペースに乗せられた、というかもしれないが、それも含めて野田氏がいけない。

 こうして早期に、つまり今年の政党交付金の残りを受け取る10月と12月を待たずに、中道は事実上「解党」され、未交付分の受領問題が発生したわけだが、それもまた野田氏が判断を誤ったことに起因する。

たった一人で日本の政治状況を徹底破壊した

 さて、中道の衆院議員49人は、前述のように1人が党に残り、離党した公明党出身議員28人は公明党に復党し、残る立憲民主党出身議員20人のうち18人は、新党「民主改革の会」に参加した。ところが、この新党の支持率は現状、各社の世論調査で0.5%未満にとどまっている。新党の支持率としては前代未聞の低い数字で、しかも、新党の前身は少し前まで、立憲にしても、中道にしても、野党第一党だったのである。

 政権に対抗し得る野党勢力の事実上の崩壊、または壊滅である。これでは政権与党への対案を出すこともままならず、政権への監視機能は一気に弱まらざるをえないだろう。この状況は高市政権の支持者にとっても、憂慮すべき事態だと考えられる。政権の緊張感が失われ、慢心を呼び、仮に針路をまちがっても、止める相手がいない状況だからである。

 それはかつてないほど危険で、危機的な政治状況だが、あえて強調するが、それを生み出したのは野田氏である。いま、高市政権はこれといった成果を上げられず、責任ある積極財政を基軸としたリフレ政策が世界からも不安視されているなか、いったん下がりはじめた支持率がふたたび回復基調にある。こうして対立軸となる野党が事実上、消滅したため、消極的な政権支持者が増えているのだと考えられる。そんな状況をつくりだしたのも野田氏である。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動を行うほか、歴史的な視点を応用し、経済から文化まで現代のさまざまな社会状況にも言及。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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