豊昇龍「3場所連続休場」を責めていいのか いまこそ考えたい「公傷制度」復活の是非

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「給料泥棒」と言われた時代も

 公傷制度に対して、過去には「給料泥棒」という批判もあった。だが、それは同じ失敗を繰り返さない仕組みにすればいいだけの話である。

「例えば、“対象となる怪我を厳格に限定する”“第三者の医師による診断を必要とする”などして悪用を防ぐ仕組みを作る。そして、“休場期間中の報酬を一定程度減額する”という方法が考えられます」

 つまり、“番付は守るが、怪我による休場期間の報酬は減額する”なら、力士本人にも一定の負担を求めながら、治療に専念する時間を確保できるのではないか。

「昔の力士と今の力士では、身体の大きさも、トレーニング方法も違います。近年の力士は体格が大きく、筋力も非常に高くなっている。当然、身体への負担も大きくなり、怪我の度合いも重症化しています。ですから、制度も変わってしかるべきではないでしょうか」

 豊昇龍の3場所連続休場について、“横綱としていかがなものか”と、その姿勢を問うこと自体を否定するつもりはない。横綱という地位には、それだけの重みがある。

 ただ、怪我をして手術まで受けた力士に対して、休場したことだけを理由に批判を集中させるのは、それこそいかがなものだろうか。

 横綱は番付が落ちない。だがそれゆえに、横綱には他の力士と比べてはるかに重い責任が生じ、それが“大横綱”を生む背景になっている側面もあるのである。

 その圧力によって無理を重ねてしまい、怪我を悪化させ、あげくに力士としての寿命を縮めるようなことになれば、それはその力士のみならず、相撲ファン、相撲界全体にとっても大きな損失と言えるだろう。

“公傷制度の復活”は、そんな悲劇を防ぐ一つの選択肢になり得るはずだ。

大相撲の伝統とは?

 豊昇龍がこの先、どれほどの時間をかけて土俵に戻るのかは分からない。

 ただ一つ言えるのは、横綱が怪我を治すために休むことを“制度の抜け穴”として見るのではなく、“どうすれば万全の状態で土俵に戻れるのか”という問題として考えるべき時期に来ているということだ。

「怪我をした力士を無理に土俵へ引きずり出すことが、大相撲の伝統なのか。それとも、強い力士を土俵に長く立たせ続けることこそ、伝統を守ることなのか。今般の豊昇龍の3場所連続休場をきっかけに、いま一度、“公傷制度”をめぐる議論を始めてもいいのではないでしょうか」

 少なくとも、怪我をした横綱を責めるだけでは何も変わらないのは間違いない。

デイリー新潮編集部

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