日向坂46時代は「周りがすごすぎて、よくへこんでいた」河田陽菜、卒業から9か月でドラマ初主演
思い出の文化祭
――お披露目後も、しばらくは地元の高校に通っていました。ほかに思い出は?
「合格した年の秋に文化祭があって、1日目は校内だけ、2日目が一般開放日だったんですが、もうお披露目後だったので何かあったら大変だな……と思って2日目は欠席しました。それが地元での最後の思い出かもしれないです」
――16歳で親元を離れ、東京での生活が始まります。地元を離れる寂しさはなかったのでしょうか。
「1人になる心配よりも、まず合格したうれしさと期待感で夏休みの記憶がほとんどなくて、環境の変化を楽しみたい気持ちの方が勝りました」
――上京してからは、けやき坂46、日向坂46として8年間。表題曲の選抜入りは通算15回を数えます。順調に見えますが、当時の心境は?
「初期は立ち位置が見つけられなくて、『ほかの子と比べて全然強みもないし、どうしたらいいんだろう』ってモヤモヤを抱えていました。周りのメンバーがすごすぎて、よくへこんでいましたね」
――その後、3期生、4期生、5期生と後輩も増えていきます。ポジティブになれたきっかけは?
「20歳も過ぎて大人になれたのと、後輩ができたのが大きかったです。『私が引っ張っていかなきゃ』という気持ちが生まれたのと、いい意味で適当にものを考えられるようになったんです。自分がいつも100パーセントアイドルを楽しんでいる空気を振りまくのがいいのかなと気づきました」
坂道シリーズの中でも、日向坂46の卒業生のキャリアはバラエティに富んでいる。独自のタレントポジションを築いた影山優佳、芝居で着実に評価を上げている齊藤京子や渡邉美穂、番組作りで放送作家に挑んだ経験もありラジオでも活躍中の松田好花など。そんなかつての仲間、先輩のこともやっぱり気になるという。
――同期の松田好花さんとは、仲良しコンビでしたよね。一緒に活動したからこその印象は。
「松田は私とは正反対ですね。何でもみっちり準備していくところとか、その場の流れを察知してまとめる力もすごいです。努力の人でもあるのに明るい子なので、彼女にもたくさん引っ張ってもらいました」
――そんな卒業生のことは今でも意識していますか?
「ライバルというよりは素敵な先輩っていう気持ちで見ています」
――昨年11月に卒業して、次にやりたいことは、その時点で決まっていたのですか。
「アイドルは卒業したので、違う職業を歩み始めた自覚がありますね。(日向坂からの)卒業を決めた時は、明確にやりたいことがあったわけではなくて……超インドア期間を経て、また表舞台が楽しみになって、今ここにいます。ファンの方も変わらず見てくれているので、恥ずかしくない姿を見せないといけないですね」
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