“タフで優秀な若者”はなぜ数年でコンサルを辞めるのか…「プロは言い訳をしない」と洗脳され、休日返上で“無理ゲー”な仕事を続けるエリート会社員の実態とは
「常に評価されている」
ここで忘れてはいけないのは、その「優秀でタフな若者」も、結局はひとりの普通の人間だということだ。そもそも「無理ゲー」なんてやりたくない。普通の人間に異常な仕事をやらせ続けるためには、異常な仕掛けが必要になる。アメとムチを精密に使い分けて「優秀でタフな若者」に「無理ゲー」をやらせるための仕掛け。それこそが、コンサルファームである。
アメの筆頭は高給だ。新卒一年目で600万~700万円、20代後半で1000万円、マネージャーともなれば2000万円――。だが、本当に効いているのは「自分は(誰もがうらやむ職場で働く)エリートである」という感覚だ。
一方のムチは「常に評価されている」という感覚である。日々のアウトプットの一つひとつで、単なる仕事の評価を超えて、能力そのものが品定めされる。毎週の上司面談、プロジェクト終了ごとの評価、半期ごとの査定、年次のプロモーション判定。
表向きは成長促進のためのフィードバック制度だが、機能としては、自分の市場価値が常に値踏みされているという低周波の不安を、社員の体内に流し続けるための装置でもある。そして「Up or Out」。一定期間内に昇格できなければ会社を去らねばならない。要するにクビだ。
本来、日本の労働法では正社員をそう簡単に解雇できない。だが、実態は、露骨な「解雇」としてではなく「解雇しなくても本人が自発的に去るように」運用されている。プロモーションが見えなくなり、評価が厳しくなり、案件のアサインが減り、給与の伸びが止まる。すると本人は「ここに居続けても未来がない」と理解する。コンサルに来る人間は、自分はエリートであると信じてきた人たちだ。肩身の狭い思いをしながら残るより、自分から出ていく。解雇しなくても雇われる側が勝手に辞める。法律の制限を、空気と心理の設計で迂回する。見事である。
「プロは言い訳をしない」
そのうえで重要なのが、「プロフェッショナル」という名の洗脳だ。
「私たちはプロフェッショナルである。プロは結果に責任を負う。プロは言い訳をしない。プロは環境のせいにしない」
ここまで来ると宗教である。
たとえば、金曜の夕方6時に、クライアントから「月曜朝の役員会用の資料」の作成依頼が飛び込んでくる。普通に考えれば、これは無理筋の依頼である。だがマネージャーが「プロとして、これ、なんとかしような」と言えば、部下が返す言葉は「はい」しかない。そして土日が消える。
アメとムチだけなら、外からの強制だ。だが、洗脳が済んだ人間は、看守がいなくても自ら牢獄の鍵をかけ続ける。そして、休日返上で無理な案件を受け、無理な納期を呑み、無理な期待に応え続ける。コンサルファームにとって、自責思考とは企業文化ではない。エンジンである。
コンサルは「無理ゲー」な仕事を若者に無理やり回させる。だから、若い社員は数年で辞める。したがって、毎年、大量の若者を採り続けなければ、ビジネス自体が回らない。ここ十年程でコンサルの新卒採用が爆発的に増えたのは、業界の拡大とともに、こういった事情があるからだ。
そこで必要になるのが、「この業界に入ることは人生の正解である」という物語だ。高給、エリート神話、転職市場での高い評価――。半分は事実だが、半分は磨き上げられた「プロパガンダ」である。
コンサル業界は光り輝いているように見えるが、その光は若者たちに影を引き受けさせるためのルアーである。
そして、仕事に疲弊した若者の脳裏に浮かぶ“転職”の2文字。しかし、それが救いになるとは限らないのが恐ろしいところ。第2回【就活中の大学生にこそ知ってほしい「コンサルは転職に強い」の落とし穴…自分の市場価値を上げ続ける「ステップアップ疲れ」の“しんどい”実態】では、コンサルの転職事情について詳述している。




