「先頭打者にぶつけて降りるつもりだった」 引退試合で“大記録”に挑んだ男たち
何としても勝たせてあげたい
現役最後のマウンドで、当時日本記録だった24年連続勝利に挑んだのが、DeNA・三浦大輔だ。
プロ25年目を迎えた“ハマの番長”は同年、7月11日の中日戦と9月16日の阪神戦の2試合に登板も、いずれも負け投手になり、「勝てなくなったら辞める」と引退を決意した。
だが、勝利への執念は最後まで持ちつづけていた。
前年達成した23年連続勝利は、工藤公康(西武‐ダイエー‐巨人‐横浜)、山本昌(中日)とともに歴代トップタイ。もし、引退登板で勝利投手になれば、歴代単独トップになる。
9月29日のヤクルト戦、三浦は24年連続勝利と通算173勝目をかけてラスト登板のマウンドに上がった。
1回に1点を先行されたものの、その裏、梶谷隆幸が左越えに同点ソロを放つ。2回には広岡大志に左越え3ランを浴びたが、その裏、味方打線がロペス、エリアンの2発を含む5長短打で6対4と逆転。「何としても勝たせてあげたい」というチーム全員の熱い思いが伝わってきた。
だが、三浦は4回に二塁打3本を浴びて6対7と逆転を許すと、6回にも山田哲人の2点二塁打などで3点を失い、自己ワーストの1試合10失点となった。
三浦自身も6回で降板するものと思ったが、ラミレス監督はその裏の打席で代打を送らず、引き続き7回のマウンドに送り出した。
そして、32人目の打者・雄平を空振り三振に打ち取ったところで、交代となった。
6点の援護を守り切れず敗戦投手になり、「みんなが打って守ってくれたのに申し訳なかったな」と詫びた三浦だったが、「最後、監督はじめ皆さんに配慮していただき、7回表のマウンドに立たせていただき、本当に感謝しています」と晴れやかな表情で語った。
ボコボコに打たれながらも7回途中まで続投し、最後は三振で締め。まさに「燃え尽きた」という表現がピッタリな番長らしいフィナーレだった。
最後まで里崎らしく
現役最後の試合で史上10人目、捕手としては史上初の全打順本塁打にチャレンジしたのが、ロッテ・里崎智也だ。
2番から9番までのすべての打順で本塁打を記録していた里崎は、9月28日のオリックス戦、プロ初の1番DHで出場し、本塁打を狙った。
だが、引退の要因にもなった左膝の状態が思わしくなく、「バッティング練習でも力が入らない」と語ったとおり、1回の1打席目は吉田一将のフォークを見逃し三振。2回の2打席目もカウント1-2から本塁手前で大きく落ちるフォークを空振りし、2打席連続三振に終わった。
最初から2打席までと決めていた里崎は3打席目に代打を送られ、記録は幻と消えたが、直球勝負がお約束の引退試合で吉田が変化球を多投し、ガチで勝負してくれたことで、「悔いはない」と踏ん切りがついた様子だった。
試合後の引退セレモニーでは、「16年間やりきった。最後まで里崎らしく終われたんじゃないかと思う」と挨拶。その後、特設ステージでSMAPの「ありがとう」をファンとともに熱唱し、16年間の現役生活に終止符を打った。
近年、投手の引退登板は、先発して打者1人と対戦というパターンが定番化しているが、そんな制約の中でも、球史に残る記録が生まれている。
中日・山本昌は2015年10月7日の広島戦に先発。NPB史上初の50歳出場・登板(50歳1ヵ月26日)を果たし、丸佳浩を二ゴロに打ち取った。
2019年限りで引退した阪神のランディ・メッセンジャーも、現役最後の登板となった9月29日の中日戦で、大島洋平を三振に打ち取り、外国人投手ではNPB史上最多の通算奪三振を「1475」に更新した。
引退試合は、単なるセレモニーでは終わらない。最後の一球、最後の一打まで記録や勝負にこだわるからこそ、思わぬドラマが生まれる。今年もそんなシーンに期待したい。
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