「もう決まり」のはずが…マジック1でも届かなかった「あと1勝」の残酷

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 セ・リーグは阪神、パ・リーグはソフトバンクが順調にマジックを減らし、Xデーも間近となった。だが、「勝負は下駄を履くまでわからない」といわれるように、勝負ごとに絶対はない。過去にはマジック1から優勝を逃し、あと1勝に泣いたチームもある。【久保田龍雄/ライター】

金田正泰監督の采配にも疑問の声が

 残り2試合で1勝、または引き分けでも優勝という有利な状況から一転、V逸の悲哀を味わったのが1973年の阪神である。

 江夏豊、上田二朗と左右の両エースを擁し、田淵幸一らの打線も好調だった阪神は、10月10日からの巨人との天王山2連戦を1勝1分で乗り切った。勝率1厘差ながら、ついに単独首位へ浮上する。

 その後の広島戦は1勝1敗。それでも巨人が大洋、ヤクルトに連敗したため、残り2試合でマジック1。9年ぶりのリーグ優勝は、ほぼ手中にしたかに見えた。

 すでに主砲・田淵のイラストが中央に描かれた「阪神対パ・リーグ優勝チーム」の日本シリーズ用ポスターまで用意されていた。

 だが、勝てば優勝が決まる10月20日の中日戦。9年前の優勝経験者が少ない阪神ナインは、ガチガチに緊張していた。

 “アンチ巨人”の立場から内心阪神に勝たせてやりたい中日の先発・星野仙一が、「打っていいんだぞ」とばかりにど真ん中の直球を投げてきても、力んで凡打の山を築く。

 先発・江夏も6回3失点で降板。阪神は2対4で敗れた。

 この試合では、同年中日に8勝1敗と相性の良い上田ではなく、名古屋で勝ち星のない江夏を先発させた金田正泰監督の采配にも疑問の声が上がった。

 また、江夏氏は後年、自著『左腕の誇り―江夏豊自伝』(新潮文庫)の中で、中日戦の前日に球団代表と常務から「優勝するとお金がかかる。それは監督も承知している」と言う理由で、「あしたの中日戦は勝ってくれるな」と示唆され、怒ってテーブルをひっくり返した話を明かしている。

 だが、負けるためにエースを投げさせるはずもなく、実績で勝る江夏を中日戦で先発させた采配もけっして間違いとは言えない。

 真相はどうあれ、中日戦で優勝を決められなかったことで、シーズン最終戦に阪神との直接対決を残しながら逆転Vをあきらめかけていた巨人ナインの闘志は一気に高まった。

 こうなれば追う者の強み。巨人は10月22日、敵地・甲子園で阪神に9対0と完勝し、前人未到の9連覇を達成する。

 試合後、目前の優勝が雲散霧消したことに怒りを爆発させた阪神ファンは暴徒と化し、グラウンドへ乱入。甲子園暴動事件も、“黒歴史”として語り継がれている。

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