AIの台頭で相次ぐ「フリーライター」の“廃業”…フリーランス歴25年のネット編集者が「それでも夢のある職業」と語る理由
朝日新聞の方から来ました
2010年以降、ネット媒体の増加に従って、そんなフリーライターが謎の人気職種となってきたが、ここにきて廃業する人が増えてきたというのは、寂しくはあるものの、ある意味、真っ当な姿に戻ったとも言える。なぜならかつてのライターなぞ、就職戦線を突破できなかった人、また、運よく突破しても、組織の中で上司や同僚らに揉まれながら出世街道を突き進む、なんてことができずに浮いてしまった人が、最後にたどり着くような職業だったからである。
私自身も完全にそうだった。新卒で入った広告会社をわずか4年で辞め、無職になった。そんな哀愁の街に霧が降る夏、大学の同級生から「『日経エンタテインメント!』という雑誌でCMについて書けるライターを探しているんだけど、中川君書ける?」と言われて「まだ27歳だしそろそろ働かなくちゃいかんな」ということで何の実績もないのに「書けるよ!」とテキトーなことを言ってライターになってしまったのである。
そこから名刺屋へ行き「ライター・中川淳一郎」という名刺を作り、あっという間にライターになってしまったという次第である。朝日新聞から仕事をもらった時は、「ライターだけだと軽い」と考え、「朝日新聞 記者 中川淳一郎」という名刺を勝手に作ってしまった。取材に行く時は「朝日新聞の方から来ました」とテキトーなことを言い、名刺を出し、話を聞き、記事を書いた。
これからも夢のある職業として
まぁ、こんないい加減な職種なのである。ライターなんてもんは。だからこそ私のようなスーダラ男が25年も続けられたのはまさに僥倖。そして、私は常に「こんなにいい仕事があってありがとう」と日々、フリーライターという職業に感謝し続けている。今から正社員になるつもりはないし、もっといえば自信もない。
一応PRプランナーの肩書きはあるため、広報分野での仕事はできる。だが、広報は人気職種のため、53歳という年齢では内定を獲得することは無理であろう。
文章というものは誰にでも書けるもの。ただ、取材をするにあたって不審者扱いされる電話がけやら、正社員からバカにされる、なんてことは日常茶飯事。甘んじて受け入れなければならない。しかし、我々フリーライターは「自由」を手に入れたのである。原稿を書きながら酒を飲んでも誰からも怒られない。酒場のバカ話を相手から聞き出せばそれが原稿料に化けてくれる。
コツコツライター業を営んでいると、時には書籍執筆の仕事が舞い込み、ヒットすれば驚くほど多額の印税とちょっとした知名度を手に入れることができる。なんと夢のある職業であろうか。
だから、「そんな職業を安易に捨てるなよ!」と私は、若きフリーライターに対して言いたいのである。
会社を飛び出して25年。会社員時代の皆さんとはおかげさまで今も円満な関係を続けさせていただいている。そんな彼らからも仕事をもらっている。「文字ある影にフリーライターあり」。どうかライターの皆さんにおかれては、自信を失うことなく、仕事に邁進していただきたい。そしてライター希望者の皆さまもこの職業は夢がある職業である、と認識していただきたい。これが今後去り行く老兵からの一言である。
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