「見たか! おっさん!!」…最下位から2年でリーグ優勝を果たした「1999年の星野仙一監督」 いまこそ振り返りたい中日が“強竜軍団”だった頃

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体制を整えて

 当時の選手が、今も口を揃えて言うのは「星野さんには愛情があった」という言葉です。これを最も表すシーンがあります。ドラゴンズファンの間では「伝説」となっている99年9月26日、地元最終戦となる阪神戦です。

 ドラゴンズは2-1とリードして最終回を迎え、マウンドに絶対的守護神、宣銅烈を送りました。ところが宣がつかまり3失点、4-2でタイガースが逆転しました。その裏、山崎武司(57)が逆転サヨナラ3ランを放ち、劇的な勝利をおさめました。

 打った瞬間ホームランを確信した山崎は、打席でバットを放り投げ、両手を高くつき上げ、ゆっくりとダイヤモンドを一周しましたが1塁に向かう際、ベンチを指さしながら何ごとか大きな声で叫びました。大歓声でその言葉が何だったかわかりませんでしたが、山崎氏本人によると「見たか! おっさん!!」(星野監督は、選手の間では陰で愛情を込めて「おっさん」と呼ばれていました)と星野監督を指さして叫んだそうです。

 ホームインした山崎を、星野監督は今にも泣きださんばかりの表情で迎え、両手でがっしりと抱きしめました。

 今とは時代が違うので、そこはご理解いただきたいですが、星野監督は「優勝争いのプレッシャーの中で戦う経験値」という、優勝に向けて必要な最後のピースをはめるため、自らの言動で選手を鼓舞し、まさに選手の経験値を上げていったわけです。

 これが前回「星野監督だからこそ優勝できた」と記した1999年のドラゴンズです。

「見たか! おっさん!!」

 当時の選手が、今も口を揃えて言うのは「星野さんには愛情があった」という言葉です。これを最も表すシーンがあります。ドラゴンズファンの間では「伝説」となっている99年9月26日、地元最終戦となる阪神戦です。

 ドラゴンズは2-1とリードして最終回を迎え、マウンドに絶対的守護神、宣銅烈を送りました。ところが宣がつかまり3失点、4-2でタイガースが逆転しました。その裏、山崎武司(57)が逆転サヨナラ3ランを放ち、劇的な勝利をおさめました。

 打った瞬間ホームランを確信した山崎は、打席でバットを放り投げ、両手を高くつき上げ、ゆっくりとダイヤモンドを一周しましたが1塁に向かう際、ベンチを指さしながら何ごとか大きな声で叫びました。大歓声でその言葉が何だったかわかりませんでしたが、山崎氏本人によると「見たか! おっさん!!」(星野監督は、選手の間では陰で愛情を込めて「おっさん」と呼ばれていました)と星野監督を指さして叫んだそうです。

 ホームインした山崎を、星野監督は今にも泣きださんばかりの表情で迎え、両手でがっしりと抱きしめました。

 今とは時代が違うので、そこはご理解いただきたいですが、星野監督は「優勝争いのプレッシャーの中で戦う経験値」という、優勝に向けて必要な最後のピースをはめるため、自らの言動で選手を鼓舞し、まさに選手の経験値を上げていったわけです。

 これが前回「星野監督だからこそ優勝できた」と記した1999年のドラゴンズです。

村上和宏(むらかみ・かずひろ)
フリーアナウンサー。1967年、広島県出身。専修大学法学部卒業後、91年に東海ラジオ放送入社。制作局アナウンサーとして、主にスポーツ実況を担当。2025年の退社まで、プロ野球をメインに多くの番組制作に携わった。現在、バンテリンドームナゴヤのDAZNドラゴンズ戦実況、「プロ野球ニュース」(フジテレビONE)などに出演中。

デイリー新潮編集部

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