沖縄県知事選「古謝玄太」候補が従来の「沖縄保守」と一線を画す“異質の存在”と言われる理由
9月13日に投開票が行われる沖縄県知事選で、自民党などが擁立する古謝玄太氏(42)の存在感が増している。東京大学出身の元総務官僚で、那覇市副市長を経て知事選に臨む42歳は、これまでの沖縄県知事選に登場してきた候補者とは明らかに異なる経歴と感覚を持つ。沖縄戦の記憶や米軍統治下での抵抗運動を原体験とする歴代の「沖縄保守」の系譜に、古謝氏は収まらない――。『沖縄県知事 その人生と思想』(新潮選書)著者で日本政治外交史研究者の野添文彬氏は、そう指摘する。
速報「ゆくゆくは愛子に天皇になってほしい」 上皇さまが抱えておられる「お心残り」とは 「お気持ちが現在、変わったとは考えられません」
東大出身の総務官僚、42歳――その経歴が示す「異質さ」
古謝玄太氏の経歴は、これまでの沖縄県知事選に名乗りを上げてきた候補者と比べると、明らかに異質だ。東京大学を卒業後、総務省の官僚として各地に出向し、その後那覇市副市長を務めた。
「官僚出身の知事がいなかったわけではありません。1978年から1990年まで3期にわたって知事を務めた西銘順治氏も2006年から2014年まで知事を務めた仲井眞弘多氏も元官僚でした。ただ、両名は沖縄で那覇市長・国会議員・沖縄電力会長・副知事といった要職を長年にわたって歴任し、沖縄の政財界で実績を積み重ねてから知事の座に就きました。古謝氏の沖縄での主な公職歴は那覇市副市長にとどまります」(野添文彬氏、以下同)
42歳という年齢も、沖縄の知事選候補としては異例の若さだ。
「伝統的に年長者を重んじる風潮のある沖縄において、42歳の候補者が知事選に名乗りを上げること自体、これまでの選挙とは異なります」
尊敬する人物は「長崎県の知事」
象徴的なのは、あるアンケートで「尊敬する人物」を問われた古謝氏が、長崎県の元知事の名前を挙げたというエピソードだ。総務官僚時代に長崎県へ出向した際に影響を受けた人物だという。
野添氏はこの一件を「些細なことのようで、非常に象徴的だ」と言う。
「これまでの沖縄の政治家であれば、瀬長亀次郎や西銘順治といった沖縄の偉人・先達の名前を挙げるのが、言わば『沖縄の政治家』としての作法のようなものでした。沖縄のアイデンティティを前面に打ち出すという感覚が、古謝氏には薄いように見えます」
古謝氏自身は「自分は穏やかな性格で、沖縄社会のさまざまな立場をつなぐことができる」と語っている。この言葉もまた、歴代の沖縄県知事のイメージとは大きく異なる。
大田昌秀氏(1990~1998年)は沖縄戦で米軍の捕虜となり、後にアメリカへ留学した。翁長雄志氏(2014~2018年)は沖縄保守の重鎮として権力の中枢を歩みながら、辺野古移設反対へと転じた。西銘順治氏はパラオへの疎開経験を持つ。歴代知事の個性は、いずれも沖縄の激動の歴史と切り離せないものだった。
「古謝氏にはそうした『歴史にもまれた』という感覚が見受けられません。これは批判ではなく、観察です。1972年の本土復帰後に生まれた世代の感覚を体現している人物だと言えるかもしれない。『本土化した沖縄』を象徴しているとも言えます」
参政党との連携が示すもの――「沖縄保守」の前提が崩れる
古謝氏の陣営には、参政党が政策協定を結んで加わっている。この事実を、野添氏は「これまでの沖縄の保守政治にはなかった変化」として重く見ている。
参政党の神谷宗幣代表は「日本軍は沖縄県民を守るために来た」「県民を殺したわけではない」などと繰り返し発言し、従来の沖縄戦史の認識に否定的なスタンスを示してきた。沖縄のメディアからは強い批判を受けてきた。
「これまでの沖縄の保守系知事は、その政治的立場がどうであれ、沖縄戦については『県民が犠牲にされた』という認識を共有し、慰霊祭などの場でも毅然とした姿勢を示してきました。こうした政党と手を組むことへの違和感を古謝氏があまり持っていないとすれば、それ自体が『沖縄保守』の系譜から外れていることを示しているように思います」
野添氏が「沖縄保守」と呼ぶのは、沖縄の苦難の歴史を前提としながら、日本政府と協調し、米軍基地を一定程度受け入れる一方で、基地による事件が起きれば政府に物申し、整理縮小も求めてきた政治的立場のことだ。
「古謝氏を見ていると、その前提がどこまで引き継がれているのかが見えにくい。もし古謝氏が知事になれば、それは単なる『保守への県政交代』ではなく、『沖縄保守の変容』を意味するのかもしれません」
「本土化する沖縄政治」の象徴として
野添氏は、古謝氏の登場を「沖縄政治の本土化」という大きな文脈の中に位置づける。
1972年の本土復帰以降に生まれた世代は、沖縄戦の記憶も米軍統治下の経験も持たない。自分たちが見てきたのは、反対運動が続く中でも工事が進んでいく現実だ。
若い世代には、玉城デニー県知事の支持母体だった「オール沖縄」に対しては、「あの人たちはけんかばかりしている」「政府と対立し続けているだけだ」というイメージを抱く人も多いという。
また、アイデンティティ的にも「沖縄人」より「日本人」としての意識が強まり、地元紙よりSNSの情報に触れることが多い。こうした世代の感覚を、古謝氏は体現しているというのだ。
「もし仮に古謝氏が知事となれば、それは沖縄県政の大きな変化を象徴する出来事になると思います。ただし、誰が知事になろうとも、在日米軍専用施設の約7割が沖縄に集中しているという現実や、台湾有事をめぐる緊張が高まる中で沖縄が安全保障上の最前線に置かれているという現実に変わりはありません」
***
新潮QUEで配信中の記事【「基地か、経済か」の図式が成立しない沖縄県知事選が問いかける“割り切れなさ”】では、玉城デニー県知事が選挙戦で「オール沖縄」を名乗らなくなった理由や、県知事選後の沖縄政治の課題、「基地か、経済か」を超えた“根源的な問い”についてより詳しく報じている。


