「秋篠宮家のお名前を呼ぶ声はほとんど…」 20歳を迎えられた「悠仁さま」がこの1年、向き合われたもの 一般参賀デビューで見えた「天皇ご一家とのコントラスト」「紀子さまの焦燥」とは

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評判を回復なさろうと

 そもそも、秋篠宮家を巡っては、

「平成の終盤にわき起こった眞子さんの結婚騒動以来、世間から批判的な声が寄せられてきました。こうした状況下、何とかして皇嗣家の評判を回復なさろうと、ご一家内ではもっぱら紀子さまが心を砕いてこられました。とりわけ、将来のお世継ぎであられる悠仁さまの“露出”については、きわめて意欲的なご姿勢を示されてきたのです」(同)

 2024年、春の園遊会に愛子さまが初めて出席され、大いに話題を呼んだ。そのことで紀子さまは、

「焦燥感を抱かれていました。愛子さまの人気が高まる中にあって“お世継ぎはあくまで悠仁さま”といったメッセージを国民へ発信なさる機会を、かねて紀子さまは模索なさってきた」(同)

 今回の成年式は、そうしたアピールに絶好の機会だったといえよう。が、Instagramに表れた「格差」は、紀子さまの“ご懸念”を吹き飛ばせなかったのだ。

初の一般参賀で…

 続いて、2026年年明けの1月2日、一般参賀にデビューされた際も、悠仁さまは、天皇家と秋篠宮家のコントラストに直面された。

 1回目のお出ましは10時10分。ベランダに現れたモーニング姿の悠仁さまは、姉の佳子さまと寛仁親王妃信子さまとの間に並ばれた。

「最初は、やや表情が硬くて緊張気味にうかがえました。それでも、陛下がおことばを述べられた後は、笑みをたたえて参賀者に手を振られていました」(「週刊新潮」2026年1月15日号 宮内庁担当記者の証言)

 一方で、現場では気になる光景が繰り広げられていたという。

「皇居正門が開門した朝9時30分の時点で、1万5000人余りの参賀者が列を作っていました。その後、東庭まで誘導されていったのですが、やはり両陛下の正面にあたる中央に陣取ろうとする人たちが多く、続いて愛子さまがお立ちになる、ベランダに向かって左側にも人が集まってきました」(前述号の「週刊新潮」 宮内庁関係者の証言)

 実は、愛子さまのポジションについては年末からSNS上でも拡散されており、参賀者は、事前にこうした情報を把握した上で、陣取る位置を決めていたと思われる。

「安全の観点からも、本来は東庭のスペースに満遍なく参賀者を配置しなければなりません。実際に、警備にあたる職員からは『右へ行ってください』『右の方が空いています』といったアナウンスがなされていたのですが、なかなか人が動こうとしませんでした。正面に向かって右側というのは、これまで皇嗣家が立たれてきた位置。今回も、悠仁さまを含めたご家族が並ばれていたのです」(同)

数字には結びつかず…

 開始時刻が近づくにつれ、混雑とともに参賀者はそうした偏りをなくすべく左右に割り振られていったのだが、

「1回目のお出ましが始まると、天皇ご一家には『万歳』の叫び声に交じって『雅子さま』『愛子さま』といったかけ声があちこちからわき起こりました。ですが、これに比べて初出席の悠仁さま、秋篠宮ご夫妻や佳子さまのお名前は、ほとんど飛び交っていませんでした」(同)

 図らずも、天皇家と皇嗣家のコントラストがあらわになってしまったというのだ。前述の号の「週刊新潮」で、さる皇室ジャーナリストが述べている。

「今回の参賀者は合計6万140人。都心は好天に恵まれましたが、昨年から500人以上減っています。悠仁さまの“デビュー”が数字には結び付かなかった、と言わざるを得ません」

 振り返れば、眞子さんの結婚騒動から続くご一家への風当たりに、紀子妃は絶えずお悩みになってきた。

「そうした悪い流れについて紀子さまは、悠仁さまの成年式を機に断ち切りたいとのお考えでした。ところが、折からの愛子さま人気に押される格好となり、思い通りには進んでいないのが現状です」(同)

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