「完全に終わった商社」丸紅はいかにして復活したのか 「倒産危機リスト」に掲載されたことも
「完全に終わった商社」
リーダーが代われば組織も大きく変化する。昨年、「14人抜き」で新たな社長が就任した丸紅の場合は、いまや総合商社の枠を超え、世界を目指す存在だが、そんな同社にも「暗黒期」があったのをご存じだろうか。
(2026年8月24日に「新潮QUE」で配信した記事をもとに再構成しました)
***
「丸紅は1970年代前半にかけては、三菱商事、三井物産と並んでスリーMと呼ばれたものの、2000年代には業界内で『完全に終わった商社』と言われるまでに転落しました」
『経済界』編集局長の関慎夫(のりお)氏はそう語る。
「まず70年代にロッキード事件の『丸紅ルート』への関与が発覚したことで、社会的信用が失墜し業績は急落した。その後、90年代に鳥海巖という社長の下、組織改革やインドネシアの石油権益拡大を通じて徐々に業績を伸ばしたもののその勢いは続かず、バブル崩壊後は不良債権処理の遅れなどによって倒産の危機に直面したこともありました」
丸紅の現役社員もこう語る。
「丸紅が存続の危機に瀕していた頃の話は、社内では今も語り草になっています。昨年、丸紅の顧問が当時のことを振り返って綴ったレポートが社内報に掲載され、若い社員も当時のことを認識するようになりました」
「丸紅は破綻する可能性が大いにある」
件のレポートには01年11月8日、2390億円の特別損失を計上する大リストラプラン「A PLAN」が発表される前後のことが記されている。
〈01年3月末の純資産(会社の体力)3423億円に対して△2390億円という巨額の損失を突然発表したことが社内外に大きなサプライズを与え、発表直後から2年程度に亙り当社を存亡の危機に陥れることになりました〉(レポートより。以下同)
当然、マーケットには激震が走り、
〈株価の下落は止まるところを知らず、発表翌月の12月19日にはザラ場(取引時間中の株価)で58円まで下落しました。/また外資系格付会社S&Pによる当社の信用格付けも、「BBBマイナス」という投資適格の格付けから、投資不適格の「BB」に落とされました(その後更に「B」まで落ちることになります)。/市場(マーケット)の見方は「丸紅は破綻する可能性が大いにある」というものであったと思います〉
ビジネス誌の「倒産危険30社リスト」にも掲載され、一部の銀行は資金の回収に走った。
〈回収に走った銀行については、個別に色々と要求されて徹夜で準備した資料を先方からその場で投げ返されたり、当社の担当者が、追い込まれた状況の中で土下座までして頼んだという事実もありました〉
そうした「暗黒の時期」を経た上で、「A PLAN」発表の翌年度に303億円の連結純利益を計上したことなどが市場の安心感につながり、何とか丸紅は生きながらえた。
「新潮QUE」にて公開中の関連記事【「丸紅」14人抜き“カリスマ社長”の素顔と「住友商事」ニッケル巨大事業撤退の吉凶】では、世界100位圏内の企業価値を目指しているという現在の丸紅の経営状況やビジョンなどについてより詳しく報じている。


