「約10年で世界販売台数を1.7倍に」 元トヨタ社長・奥田碩さんが死去 「上司に疎まれてフィリピンに7年間左遷されたことも」

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「モノづくりの前に人づくり」

 財界活動にも熱心だった。日経連会長の後、統合を経た現在の経団連の会長を02年から4年間務めた。小泉純一郎首相の時代と重なる。

「社会保障制度のために消費税のゆるやかな引き上げは必要などと、言いづらい提言もしている。先送りせず解決への道筋をつける姿勢は経営者としての奥田さんと同じです」(村田さん)

 安易な人減らしは長期的には企業を弱体化させると、雇用に一家言を持っていた。

「集中力、言葉で説明しにくいカンやコツは簡単に養われず、その積み重ねが製造業の底力になる、業種は違っても人が現場で鍛えられて育つ必要性は同じだろう、と話していました。モノづくりの前に人づくりとの信念は、トヨタの姿勢と重なっていた」(小宮さん)

 一方、財界活動で非正規雇用の増加に歯止めをかけることには力及ばなかった。

 18年トヨタ相談役を退く。

「古い世代がいつまでも存在を感じさせてはいけないと話していた通り、口出しはしなかった」(小宮さん)

 60年に1歳年下の同僚と結婚。1男1女を授かる。

 8月8日、老衰のため93歳で逝去。妻と都内の施設で暮らし、遺志通り葬儀は近親者のみで営まれた。名が聞かれなくなって久しいが訃報は大きく伝えられた。有言実行の経営者だった。

週刊新潮 2026年8月27日号掲載

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