「良い時も悪い時もあるのが夫婦」佳那晃子さんを看取った夫・源高志さんが語る2人の半生 完済した1億超の借金と13年の闘病
今年3月、70歳で亡くなった佳那晃子さん。映画やテレビドラマに出演し、抜群の存在感を発揮した1980~2000年代の人気女優である。2013年にくも膜下出血で倒れてから、13年余りにわたってリハビリと入院生活を送っていた。(以下、2026年3月23日および25年8月16日配信記事をもとに加筆・修正しました)
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最期を看取った夫の源高志さん(78)によれば、2月ごろに出血性胃腸炎の症状が現れ、その後は尿路感染による腎障害、そして肺炎を起こし、「多臓器不全」の状態に。3月21日の未明に息を引き取ったという。
「入院してから13年が過ぎましたが、表面上、大きな異変は見つかっていませんでした。しかし、一年ほど前から食事を戻すことが増えてきていましたから、実際には胃腸に障害が起きていたのでしょう。最期のひと月は急速に体調が悪化していきました」(源さん)
佳那さんが倒れてからの13年間は、源さんにとって、妻とともに病と闘い続けた歳月だった。
「男っぽい人でした」
佳那さんと源さんが出会ったのは、1980年代後半。テレビ番組の仕事でのことだった。当時の佳那さんは映画『ザ・ウーマン』『魔界転生』『陽暉楼』、テレビドラマ『金曜日の妻たちへ』などに出演を果たし、バイプレーヤーながらその美貌と、時に大胆な妖艶演技で売れっ子となっていた。一方、源さんも『スター誕生!』『カックラキン大放送』などの人気番組の構成を手掛け、人気の放送作家であった。
源さんが振り返る。
「当時、渋谷にあったスタジオで、正月特番を作っていたんです。“特番だから豪華なメンバーを入れてくれ”と言ったら、プロデューサーが胸を張ってキャスティングしてきたのが、3人の女優とタレント。その一人が佳那晃子でした。当時、かみさんは映画やテレビによく出ていたんですが、私はそれらをあまり見ていなかったので、彼女のことを知らなかったんです。その打ち合わせが初めての出会いでした」
特番の視聴率が高く、番組はレギュラー化。古舘伊知郎やとんねるずも出演した。
「そんな事情でしばしば顔を合わせるようになり、収録の合間の時間に彼女とお茶をするようになった。そうこうしている間に、デートになり、付き合うようになっていったんです」
1990年に始まった結婚生活。佳那さんの素顔は「一言で言うと、男っぽい人でした」という。
「女優業についても、“まだまだ売れまくろう”とかそういう欲はなかった。さばさばしていて、小さい役でも自分が気に入れば何でも受け入れる。食事を作るのも、早いけど、うまくない。さっと作って“ご飯!”と呼びに来る。ブランド物の趣味なんて一切なく、家ではジャージの上下で過ごしていたくらいです。外出する時も帽子をかぶってリュックを背負って出ていくので、気付かれることはほとんどありませんでした。お互いにお互いの空間を尊重していたので、喧嘩をすることはほとんどなかった」
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