Nスペ「白い旗」で描き切れなかったもの 水木しげるさんが3度描いた「硫黄島の戦い」を原作で読む

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指揮官同士が出した答え

『二人の中尉』『白い旗』では指揮官同士はアニメ以上に持論をぶつけ合う。白旗を振る海軍の隊長に、陸軍の大西中尉は「死んでいったやつも生きたかったんだ。みんな死にたくて死んだわけではない。そうした英霊に戦友として死んでやるのが軍人の道ではないか」と反論する。

 米軍による掃討戦はなおも続き、隊長は白旗を振る。「今度やったら撃つぞ」と宣言する大西中尉に、隊長は「君のところの部下は二十三人だろ。お前は二十三の生命を失わすことはできても、作ることはできまい」と返すが、大西中尉の反論もまた壮絶である。

「我々のささやかな抵抗がこの島に米軍の飛行場ができるのを一日でも遅らせれば、その分日本は一日だけでも空襲をまぬがれることとなり、結果二十三以上の生命を救うことができるではないか」 

 戦局は絶望的、まして「生きて虜囚の辱めを受けず」と教えられた軍人がどうすべきか。極限状況で指揮官同士が出した答えを、水木さんは冷徹に描ききった。だから『二人の中尉』の最後のコマで「いずれが正であり、いずれが邪であるかは、読者の判断におまかせする」とつづったのだろう。

 ただアニメでは玉砕からラストに至るまでを急ぎ足で済ませてしまった印象で、白旗を振った指揮官とそれを止めたもう1人、それぞれの覚悟をもっと正面から描いてほしかったと、原作漫画を読んだ身としては思った。後日完全版のアニメが放送されるそうなので、そちらに期待したい。

 水木さんにとって、南方での従軍経験は画業にも、人生観にも大いに影響した。『白い旗』のほかにも『総員玉砕せよ!』『敗走記』など自身の戦争体験をもとにした作品や、ほかにも多くの戦記ものを描き残している。

 特筆したいのは、どの作品でも戦場の平凡なリアリズムを描いていることだ。絶望的な戦闘や突撃ばかりではなく、水や食糧の確保に必死になる兵士の日常にしっかりページを割くのは、戦闘も飢えも経験した水木さんでないとできないだろう。

『白い旗』でも真水が採れない硫黄島で、兵士は雨が降れば陣地掘りを放り出して雨水を貯めようとする。将軍でも政治家でもない彼らに戦局を左右する力もなく、与えられた境遇の中で生きるか死ぬかしかなかった。

 玉砕しかけたり、生還すれば「なぜ帰ってきた」と罵倒されて次の玉砕要員にされたり、あげく爆撃で左腕を失う。戦場の理不尽をさんざん味わったゆえに、水木さんの戦記漫画にはニヒリズムとリアリズムが同居している。

 だから兵卒・指揮官の区別なく死が描かれていくし、『白い旗』で最後の抵抗を続ける陸軍の最期もほんの一コマで終わる。そんな中、部下の生命を預かるものとしての隊長のセリフはそのまま原作の名場面になっているから、こちらも読んでみてほしい。狂信的な日本軍像とも、映画的なヒロイックな英雄とも違う、「そう生きざるを得なかった」無名の人々のドラマが詰まっている。

大宮高史
エンタメでは演劇・ドラマ・アイドル・映画・音楽にまつわるインタビューやコラムを執筆。そのほか、交通・建築など街ネタも専門分野。

デイリー新潮編集部

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