ダイエー・ロッテの「合併騒動」の裏でまさかの大乱闘 ヘビー級外国人同士が繰り広げた壮絶な“流血戦”

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 2004年9月8日、福岡ドーム。ダイエーとロッテのシーズン最終戦で、プロ野球史に残る大乱闘が起きた。主役となったのは、ダイエー・ズレータとロッテ・セラフィニ。背中付近を通過する危険なボールをきっかけに、ヘルメット投げ、飛び蹴りまで飛び出す、まさにプロレスさながらの流血戦へ発展した。【久保田龍雄/ライター】

試合前から波乱含みの空気が

 しかも、この一戦が行われたのは、球界再編問題で両球団の“合併”が取り沙汰されていた真っただ中だった。

 2000年代以降のプロ野球で起きた印象的な乱闘劇を振り返る企画。今回は、ズレータとセラフィニの“仁義なき戦い”を取り上げる。

 2004年、ダイエーとロッテは、近鉄とオリックスの合併に端を発した球界再編問題の中で、水面下で“もうひとつの合併”を進めていた。

 もし話がまとまれば、パ・リーグは4球団となり、10球団による1リーグ制移行実現に向けた動きが急加速するはずだった。

 だが、両球団の交渉は、本社の経営再建中だったダイエーが球団の問題を優先できない事情などから不調に終わる。

 最終期限となった9月8日の臨時オーナー会議では、近鉄とオリックスの合併が正式承認されたが、ダイエーとロッテの合併は「具体的な進展が見られない」として、来季はセ6球団、パ5球団で行われることが決まった。その後、新球団・楽天の参入により、セ・パ6球団ずつの2リーグ制続行となったのは周知のとおりである。

 そして、事実上ダイエーとロッテの合併破綻が明らかになったこの日、福岡ドームで因縁の両球団によるシーズン最終戦(27回戦)が行われた。

 7月に“もうひとつの合併”が取り沙汰されて以来、両球団の選手をはじめ、関係者は一様に不安な日々を過ごしていた。そんな背景を考えると、試合前から波乱含みの空気が漂っていたと言えなくもない。

 ロッテ・セラフィニ、ダイエー・山田秋親の両先発で始まった試合は、初回に堀幸一の中越えソロでロッテが先制。その裏、ダイエーが井口資仁の右犠飛と城島健司の左越え2ランで逆転した。4回にはズレータが左翼席上段に特大のソロを放ち、4対1とリードを広げた。

押すな押すなの大乱闘に

 事件が起きたのは6回だった。

 1死から、この日本塁打を含む2安打と当たっていたズレータが打席に立つと、セラフィニの初球が背中付近を通過する危険なボールとなった。

 激怒したズレータは、セラフィニに向かってヘルメットを投げつけ、そのままマウンドに突進した。

 セラフィニも「喧嘩上等」とばかりに応戦の構えを見せ、殴りかかってきたズレータに飛び蹴りで応酬。そのまま両者は激しくもみ合い、額に血がにじむ、プロレスの流血戦のような様相となった。

 197センチ、113キロのズレータと186センチ、86キロのセラフィニの激突は、まさにヘビー級対決の名にふさわしいものがあった。

 ベンチから両軍ナインが飛び出し、押すな押すなの大乱闘に。もみ合いの輪の中で下敷きになった当事者の2人は、ほとんど姿が見えなくなった。

 センターを守っていたベニーがセラフィニを助けようとマウンドに駆けつけ、乱闘の輪の中から救出したが、バトルの巻き添えを食って倒れた際に、荒れ狂うズレータに左肩を蹴られて負傷してしまう。

 一方、ズレータは松修康に抱きかかえられるようにしてベンチへ下がる途中、一塁側スタンドの歓声に応えて「ありがとう!」とばかりに手を振るパフォーマンスを披露。あれほどカッカしていたのが嘘のような豹変ぶりだった。

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