秋篠宮さま「生身の人間」発言で高まる「次の一言」への注目度

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「宮内庁のしかるべき人たちは」

 これに対する秋篠宮さまの回答は次のようなものだった。

「基本的にこれは皇室のシステム、制度に関わることでありますので、これについて私が何かお話しするということは控えることにいたします。ただ一方で該当する皇族は生身の人間なわけで、その人たちがそれによってどういう状況になるのか、そのことについて私は、少なくとも、そういう人たちを生活や仕事の面でサポートする宮内庁のしかるべき人たちは、その人たちがどういう考えを持っているかということを理解して、もしくは知っておく必要があるのではないかと思っております。少し質問からそれてしまいましたけれども、今の考えをお伝えいたします」

 担当記者によると、

「具体的な言及は控えられつつもお考えのヒントのようなものは常に示されている、そのスタンスはこれまでと変わらないというふうに宮内庁内では受け止められています。その一方で、“生身の人間”などと使われる言葉は共通しているが、“私も生身の人間なんですよね”の箇所に象徴されるように、より踏み込んだ印象があるとの指摘もありました」

秋篠宮さまとのコミュニケーション

 あくまでも秋篠宮さまのお考えは推察するほかないわけだが……。

「“宮内庁のしかるべき人たち”との溝は依然として存在しているのだなぁという受け止めも当然あります。一概には言えませんが、“秋篠宮家、特に秋篠宮さまとのコミュニケーションはなかなか難しい”という声はしばしば耳にするものです」(同)

「なかなか難しい」についてはどうか。現在、結婚してアメリカで生活する長女の小室眞子さんをめぐって2025年5月に出産報道が持ち上がった際、宮内庁は「申し上げることは何もない」としたが、その後に一転して「第1子出産」を発表。秋篠宮さまと吉田尚正皇嗣職大夫ら宮内庁側とのコミュニケーション不足を問う声があがった。

「性別については現在も明らかにされていませんが、眞子さんはすでに民間人であるため、出産の事実を認めて公表するか否かについて議論があったとされています」(同)

オブラートに包んで

 皇室典範も日本国憲法も、ネットやSNSが存在しなかった時代のものである。一般人の皇室への意見が可視化されることはなかった。また皇族が知る情報にも限りがあった。いかに「人間宣言」がなされたとしても、皇室と国民との間には相当な距離があったのだ。
 しかし今日、「生身の人間」としては耐え難いことが増えているのは容易に想像できるところである。これは秋篠宮さま一人の気持ちではないだろう。

「秋篠宮さまの今回の発言は、改正された内容の是非はともかく経緯や過程への不満をお抱えになっている、少なくともそう見られても仕方ないという指摘はあります。秋篠宮さまもそのようなスタンスのもと発言をなさったように受け止めています。具体的な事案はともかく、これまでも言われてきたように“政治側とのコミュニケーション不全”という現実が横たわっていのかもしれません。秋篠宮さまの言葉の中にあった“じゃあそれをどうやって発信することができるか、それから伝えていくことができるか”の部分に、秋篠宮さまの苦悩も見て取れる印象です」(同)

 各方面に対してハレーションを生む可能性もある中、ご自身のお考えをできる限りオブラートに包んでもあえて発言された秋篠宮さま。それは秋篠宮さま一人の考えというよりは、皇室の気持ちを代弁していると見ることもできる。それだけに今後もそのご発言には注目が集まるのは確実。毎年、11月30日の誕生日の際には会見が開かれる。その発言への注目度はかつてないものになるかもしれない。

デイリー新潮編集部

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