海外でも「二度と見たくない傑作」と絶賛される「火垂るの墓」 “最後の教え子”が語る「反戦映画ではない」と繰り返した監督の“真意”とは

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 今年も7月15日からNetflixでスタジオジブリの不朽の名作「火垂るの墓」が配信されている。14歳の清太と4歳の節子の兄妹が、第二次世界大戦末期から敗戦直後の神戸と西宮の町で、二人だけで生きていこうとしながら、それが果たせず死んでいく物語は、劇場公開から38年が経つ今も、見る者に強烈な印象を残す。しかし、手掛けた高畑勲監督は「これは反戦映画ではない」と言った。それはいったいどういう意味なのだろうか。高畑氏と晩年まで交流を続け、6月に『高畑勲と「火垂るの墓」 「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く』を上梓した、NHK首都圏局ディレクターの寺越陽子氏に、映画ライター・金澤誠氏が聞いた。

「かぐや姫」密着から始まった、15年にわたる縁

 寺越陽子氏は以前、東北新社に所属していたころ、高畑監督の遺作「かぐや姫の物語」(2013年)の制作現場に単独カメラで約2年半密着し、ドキュメンタリーを作り上げた人物だ。その取材の中で彼女は高畑監督と毎日顔を合わせ、やがて雑談をかわす間柄になった。

「最初は高畑さんを遠くから見ているだけでした。高畑さんは、作り手が悩んだり怒ったりする姿を捉えて“物語”を提供するドキュメンタリーを毛嫌いされていたので、できるだけ邪魔にならないところから観察することから取材を始めたんです。そうして毎日通い続けるうちに、いつしか自然と雑談を交わすようになって」(寺越陽子氏、以下同)

 取材終了後の2014年、今度は高畑監督の方からメールが届いた。「ちょっと、会って話しませんか」。それから2018年に高畑監督が亡くなるまで、月に二度ほど喫茶店や公園、コンサートへと、ふたりは時間を共にした。

「カメラを向けていたときはいつ怒られるかと常に緊張していましたが、それがなくなってからは伸び伸びとお会していました。私が何かを作るときの相談相手のような存在になってくださったんです。」

 高畑監督の妻・かよ子さんは寺越氏に「最後の教え子ね」と言ったという。当の寺越氏は「教え子というより雑談相手」と笑うが、その関係の深さは確かなものだった。

「お別れの会」の映像に込めた思い、そして再び「火垂るの墓」へ

 2018年、高畑勲氏は82歳で逝去。三鷹の森ジブリ美術館で行われた『お別れの会』では、寺越氏が撮影・編集した映像が上映された。

「この映像に高畑さんへの思いをすべて込めたつもりでしたし、このときは私自身も高畑さんから卒業しなくてはいけないと思っていました」

 その後NHKへ転職し、心機一転したつもりだった。しかし、戦後80年の節目に向けた局内の企画募集をきっかけに、彼女は再び高畑と向き合うことになる。

「『火垂るの墓』を久々に見直したら、改めてすごい映画だと思いまして。そこからETV特集の企画を立ち上げていきました」

 60分枠のETV特集では、高畑監督が遺した7冊の構想ノートを軸に、「清太の幽霊」という描写がいつ生まれたのかを検証した。だが取材で集まった素材はそれをはるかに上回り、書籍化に際して寺越氏は番組で使いきれなかった内容を存分に盛り込んだ。番組の放送後にフィルムが見つかった、『初公開時の線画だけのシーン』の詳細や、高畑監督自身の岡山での空襲体験、そして当初の脚本として執筆されながら採用されなかった「幻の脚本」の存在――。

「これは反戦映画ではない」と言い続けた監督の真意

 書籍のもう一つの核は、高畑監督が繰り返し口にした「これは反戦映画ではない」という言葉の真意を探ることだ。

「高畑さんの答えは、当時の記者発表の資料や劇場パンフレットに既に提示されているんです。高畑さんは清太と節子の生き方を現代と結びつけ、ある状況の中で子どもたちだけで生きていくことの難しさや、それに大人たちがどう関わるのかを問いかけていました」

 しかし、作品に携わったスタッフに同じ問いを投げると、答えはそれぞれ異なる。「いや、反戦映画だ」と答える人もいれば、プロデューサーの鈴木敏夫は「兄と妹の話だ」と言い切る。

 一方で、高畑自身の空襲体験が劇中の描写に影響を与えているのも事実だ。

「解釈の幅が広いところが、『火垂るの墓』という映画のすごさだと私は思います」

 では、なぜ高畑はこの映画を作ったのか。寺越はこう読み解く。

「純粋に、野坂さんの原作に惹かれて、そこに描かれた情景をアニメーションで表現したかったのだと私は思っています。高畑さんは『こんなものを作るんですか』とか、制作中でも『これが面白いかどうか、僕にはわからない』という人でした。そんな高畑さんが『火垂るの墓』は自分でやりたいと切望した、希有な題材なんです。反戦のためではなく、やりたかったものと純粋に向き合った作品だと感じています」

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 新潮QUEで配信中の記事【「反戦映画ではない」の真意はどこに “最後の教え子”が語る「高畑勲と『火垂るの墓』」】では、密着取材後も続いた、寺越氏と高畑監督との交流で垣間見えた高畑監督の“素顔”や、書籍を刊行するに至った経緯、そして寺越氏の取材を通して明らかになった高畑監督の「火垂るの墓」への想いについて、さらに詳しく伝えている。

デイリー新潮編集部

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