キムタクと並んでベストジーニストに選出! 「北澤豪」が明かすJリーグ創世期を牽引した“ヴェルディ伝説” 「プロとしてサッカーに注目してもらうために、どう見られるかを意識していたんだ」

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日本にとって初のW杯

〈1998年のフランスワールドカップの直前。カズと北澤は登録メンバーに選ばれず、イタリアを経由して成田空港に戻ってきた。

 空港内をカズの後ろから歩く北澤は、サングラスをかけていても憮然としていることは、容易に見て取ることができた。そして会見でカズが「魂は置いてきた」と語る姿は多くのサッカーファンの記憶に残っている。

 当時のニュース映像では、ヴェルディのチームメイトである柱谷哲二やラモスが、カズと北澤が落選したことに、とにかく激怒している姿も流れた。

 帰国後、ヴェルディの雰囲気はどうだったのか。

「みんな、とにかくボロクソに岡田(武史)さんの文句を言っていましたよ」

 少し上を見上げながら、北澤は当時を思い出す。

「そもそもね、本当はテツさん(柱谷)だってラモスさんだって、ワールドカップに行きたかったはずだよ。だから、どこかでその夢をカズさんやおれに託していたところもあったと思うんだよね。直接、聞いたわけではないんだけど。もちろん、おれもそんな思いを背負って行っていたから」

 1993年、アメリカワールドカップのアジア最終予選。最終戦でイラクと戦った日本は後半ロスタイムに点を決められ、ワールドカップに出場することはできなかった。世に言うドーハの悲劇である。この時に、日本代表のキャプテンが柱谷で、中心選手として背番号10を背負っていたのがラモスだ。北澤も日本代表として、ベンチでこのシーンを見届けている。北澤の目にはきっと、柱谷とラモスがピッチに座り込んで立てなくなっている姿が焼き付いているはずだ。日本代表としてだけでなく、ヴェルディのチームメイトでもあった北澤は、彼らとの関係性も特別に強かっただろう。だからこそ彼らの夢も背負って自分がワールドカップのピッチに立ちたいという思いを持ったはずだ。

 そして、北澤本人の悔しさも、察することは容易にできる。

 フランスワールドカップの最終予選は、最後まで突破できるかどうかの激戦であった。途中で加茂周監督が更迭され、岡田監督が就任。勝てば出場となるイラン戦では、北澤もカズも先発メンバーとして出場している。2人にはきっと、日本のワールドカップ初出場に、少なからず自分たちが貢献したという自負もあったはずだ。

 そんな2人を直前に帰らせるということは、確かにリスペクトに欠けるものだったかもしれない。選ばないのであれば、それはもっと事前に決めるべきであっただろう。ただ、これは岡田監督個人への批判という簡単な話ではない。初めてワールドカップに出場した日本は、何もかもが未熟だった。未熟さゆえに生まれた悲劇であった。

「ただね、ヴェルディのチームメイトが何か丁寧に手を差し伸べてくれたわけでもないんだよ。むしろ、帰ってきてからは、見られているという感覚を持った。これからおれがどんな行動をするのかなってね」

 もし日本代表落選後にショックを引きずり、そのまま腐ってしまうようであれば、きっと柱谷やラモスからは、厳しい言葉を掛けられることになったのでないかと、北澤は想像する。

 ただ、北澤はそんなぬるい選手ではなかった。

 日本代表落選後もヴェルディの中心選手として、2002年の現役引退まで、クラブを引っ張り、プロのサッカー選手を全うした。

「結局さあ、弱った人間って自分で戻ってくるしかないんだよ。だから見守ってくれていたんだと思う」

 なぐさめあうだけの、ただの仲良し集団ではない。

 その何歩も先の人間関係を築けていたのが、当時のヴェルディだった。

「プロの世界って、おれの背中を見てついてこいって、教え合わないというイメージがあるかもしれないけど、そんなわけのわからない教えはなかった。いろんなことを共有して、それぞれの経験談を話し合ったりした。でもね、だからといって、寄り添いすぎない関係でもあった」

 クラブを説明する上で「ファミリー」という言葉を使う。

「本当のファミリー感があるクラブなんだよね。誰かが困っていると家族のように心配をしてくれるところがあるんだ。でも、子育てをする親のように少し様子をみて、自分で頑張らなきゃいけない時には静かに見守ってくれることもある」

 つかみかけた夢の舞台にあと一歩で立つことができなかった北澤に、ファミリーは無言のエールを贈っていたのだろう〉

 同書では他に、小見幸隆、都並敏史、松木安太郎、柱谷哲二、平本一樹、加納広明(全力さん)、中村忠の各氏が東京ヴェルディの原点「読売サッカークラブ」について語っている。異端の源流とチームの歴史を知る、格好の1冊である。

【前編は「高校時代のあだ名は『ヨミウリ』…元日本代表『北澤豪』が明かす読売クラブのジュニアユース時代『大人が中学生に思いっきり蟹挟みをしてくる。ただそれが超楽しかった』」】

デイリー新潮編集部

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