睡眠薬を飲ませ腹に包丁、風呂で頭を押さえ溺死…再婚相手2人殺害「中洲スナックママ連続保険金殺人」 公判での呆れた“責任逃れ”
殺害を持ちかけられたと責任逃れ
Aは、Bさんの保険金と自宅を売却した資金で借金を返済し、残った金でマンションを購入、スナックの回転資金にも充てた。平成11(1999)年6月には、店の客だった会社員のCさんと再々婚。だが、スナック経営が行き詰まり、恐喝に手を染めると同時に、翌年11月、Cさんに睡眠薬を飲ませ、風呂場で溺死させたのである。
Dさんは就職し、結婚もしていたが、10年前の事件で裁かれることになった。公判では、相談は受けたものの、殺害には一切関わっていないと犯行を否認した。
Aは初公判で「死刑になってもかまいません」と発言したが、その後はDさんから殺害を持ちかけられたと責任逃れ。Cさん殺害についても否認している。傍聴記者によれば、
「公判では、彼女がBさん殺害後、複数の男と乱れた関係を持ち、中にはパチンコ店で知り合った客を自宅に連れ込み、子供がいるのに関係を持ったことも明らかにされた」
優雅な生活への未練を断ち切れなかったことから、彼女の人生は奈落の底へ転がり落ちていったのである。
(以上、「週刊新潮」2007年5月17日号掲載記事より)
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主張が分かれた公判
AとDさんの初公判は2004年12月13日に福岡地裁で開かれたが、両者の主張が分かれるなどしたため、2006年6月以降は分離公判となった。
Dさんは初公判で罪状認否を留保し、2005年2月にBさん殺害の実行と共謀を否認、無罪を主張した。2007年4月の結審まで主張は変わらなかったが、同年7月の判決は殺人幇助罪で懲役3年6月。しかし、2008年4月の控訴審で無罪判決を受け、検察側の上告断念により判決が確定した。
Aの初公判では、弁護側が罪状認否の留保を申し出た際にA本人が「死刑になっても構わない」と贖罪の意思および裁判の進行を訴えた。だが、翌年2月には一転してBさん殺害の実行者はDさんと主張、Cさん殺害については否認。以後、警察による自白の誘導を供述するなど、公判の争点は「自白の信用性」となった。
2007年5月の論告求刑公判で検察側は無期懲役を求刑。6月の最終弁論で弁護側はCさん殺害について「自白の信用性が認められない」として無罪を主張したが、7月の判決は求刑通りの無期懲役。2008年の控訴棄却を経て、2011年4月26日には上告棄却も決定し、無期懲役が確定した。
「ほんとに色白で可愛い子やったけんね」――第1回【「騙されているのじゃないかと」…再婚相手2人殺害「中洲スナックママ連続保険金殺人」 被害者の母が明かしていた“様々な略奪婚工作”】では、運命の分かれ道となった最初の結婚と離婚からバブル崩壊までを伝えている。
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