睡眠薬を飲ませ腹に包丁、風呂で頭を押さえ溺死…再婚相手2人殺害「中洲スナックママ連続保険金殺人」 公判での呆れた“責任逃れ”
頼めるのはあなたしかいない
Bさん殺害の共犯とされたDさんの公判は、先の4月26日に結審している。Aとの関係や殺害動機などに関しては、彼女の供述をもとにした論告に詳細に書かれている(編集部注:この結審の時点でDさんは殺害の実行と共謀を否定、無罪を主張。その後、7月の判決公判では殺人幇助罪で懲役3年6月の判決を受けたが、2008年の控訴審で無罪に。検察側の上告断念により無罪判決が確定した)。
〈Aにとっても、そのころ、会社の経営と子育てに追われて気持ちの逃げ場がなかった上に、周囲に話せる友人もほとんどいなかったことから、たわいもない会話を楽しむことができる被告人(D)との電話が、気持ちが安らぐものとなっていた〉(論告より。以下、同)
彼女の供述によれば、平成6(1994)年2月下旬には関係を持つようになり、Dさんに金を無心するようになったという。
〈「会社に債権者の人たちが来るから引っ越しする必要がある。引っ越しするためにいろいろお金が必要だから、お金を貸してほしい。周りの人は助けてくれない。頼めるのはあなたしかいない」〉
苦しそうなうめき声で“刺された”と
Dさんは、3度に亘ってA名義の口座に振りこんだ。3月に30万円、4月に5万円と10万円の2回。いよいよ金に行き詰まった彼女は、Dさんにこう持ちかけたと供述した。Bさんを殺害する直前、平成6(1994)年10月10日頃のこと。
〈私は、被告人に対し、電話で「Bはどうしても死にきらん。このままやったら、借金が返せなくて、夜逃げしないといけなくなってしまう」などと言うと、被告人は「そうですね」といって自分の言うことを真剣に聞いてくれた。私は、「被告人だったら、私のことを好いてくれるし、私のこの気持ちを分かってくれるのではないか」と思い、「もうBを殺すしかないと思う」などと言って私の気持ちを打ち明けてみた〉
腹部に包丁を刺したBさんの死亡を、当時の警察は自殺として処理していた。が、Bさんの母親は不審に思っていた。彼女が言う。
「当時、私は化粧品の代行店をしておりまして、夜8時ぐらいだったと思いますが、代行店に置きっぱなしになっていた携帯電話の留守電を聞いたのです。すると、苦しそうなうめき声で“刺された”という声が入っているのです。すぐに息子の携帯電話に掛けなおしましたが、留守番電話になるばかり。着信は息子の携帯からで、声も息子の声だった。当時10歳だった孫娘にも聞いてもらったのですが、間違いなく息子の声だというのです。徹底的に息子の死について調べるようお願いしていたら、と悔やまれます」
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