「女性最年長」で直木賞受賞の朝倉かすみさん(65) 女性の本音と葛藤をすくい上げる「名作5選」とは
不思議な味わい『幸福な日々があります』
さらに、なんとも不思議な味わいの長編小説が、2012年に刊行された『幸福な日々があります』(集英社)です。
ここにはヒロインである「わたし」が2人いる。結婚したばかりの幸福な時代の「わたし」と、夫と別れようとしている10年後の「わたし」が交互に登場するのだ。
森子は46歳の専業主婦。3つ年上の夫は大学教授だ。見た目も穏やかな性格も森子を大事にする気持ちにも文句はないはずだった。しかし、森子は突然宣言してしまう。親友としてはすごく好きだが、「夫としてはたぶんもう好きじゃないんだよね」と。離婚に応じようとしない夫を家に残し、ひとり暮しを始める。
10年前に結婚した時も言い出したのは森子のほうだ。どこか安心したかったからだが、望み通りの生活に入ってからも時々心が揺れた。たとえば、夫は何でも習慣化する。森子は単純作業は好きだが、習慣は苦手だ。「しなければならない」という雰囲気、ルールめいた感じが窮屈なのだ。他人には贅沢と思われそうだが、森子は誰にも言わなかった。
物語は10年を行ったり来たりしながらゆっくりと進んでいく。連載時のタイトルは「十年日記」で、心の動きがまさしく詳細に書き込まれている。人はなぜ人を好きになり、なぜそうではなくなっていくのか。夫婦の深層にじわりと迫っていく佳作です。
最後に2010年に発表された『ぜんぜんたいへんじゃないです。』(朝日新聞出版)は、朝倉さんの初エッセイ集。
当時50歳だった“新人”作家の日常は、恋愛や冒険や蘊蓄に溢れているわけではない。それなのに、独自の“おかしみ”につい引き込まれてしまう。中でも母親をめぐる「京子レジェンド」は必読です。
というわけで、朝倉さん、直木賞受賞、おめでとうございます!




