森下翔太は「原辰徳の再来」、佐藤輝明と大山悠輔は甲子園届かず…球宴を彩る虎戦士の“球児時代”
高校時代に夢見た甲子園は、今や彼らの本拠地に
ファン投票二塁手部門でトップ選出された中野拓夢は、日大山形時代の2013年夏に甲子園出場を果たした。1年先輩の奥村展征(元巨人、ヤクルト)と二遊間を組み、山形県勢初の4強入りに貢献している。
翌2014年夏、主将となった中野は、山形大会準決勝の酒田南戦で3点を追う7回、適時内野安打で3点目を挙げた。反撃はここまでだった。チームは3対5で敗れ、2年連続の甲子園出場は夢と消えた。
真面目で責任感の強い中野は試合後、「昨年の結果を超えたかったが、自分がみんなに経験を伝えられなかった」と一人で敗戦の責任を背負い込んでいた。
6人中4人は、春夏いずれかの甲子園に出場している。その一方、佐藤輝明と大山悠輔は3年間で一度も甲子園に届かなかった。
仁川学院時代の佐藤輝明は、4番レフトで出場した2015年の2年夏、兵庫大会3回戦の村野工戦で5打数5安打2打点を記録。ベスト32入りに貢献した。三塁手兼捕手だった最後の夏は、県大会1回戦で明石清水に1対11と無念の6回コールド負けを喫している。
高校通算20本塁打中15本を3年時の4月以降に量産するなど、長距離砲として開花しつつあった。近大進学後に飛躍的な進化を遂げ、2020年のドラフトでは4球団が1位で競合。地元・阪神が交渉権を射止めた。
つくば秀英時代の大山悠輔は、遊撃手兼投手だった。2年夏の2011年茨城大会では2試合に先発し、3番打者として20打数9安打6打点2本塁打を記録。投打にわたる活躍で8強入りに貢献している。
最後の夏は土浦三に2対4で敗れ、1回戦で姿を消した。
この日4番ショートで出場した大山は、4打数3安打と打撃好調だったが、同点の7回からリリーフした直後、直球を狙い打たれて2点を勝ち越された。
悔しさをバネに、白鴎大では大学日本代表の4番に成長。ドラフト1位で阪神に入団した。
こうして見ると、阪神のスター選手には、高校時代に2年夏の甲子園へ出場しながら、最後の夏は予選敗退に終わったケースが少なくない。藤川球児監督や掛布雅之も、同じ道をたどっている。
地方大会敗退組に目を向けても、佐藤、大山のように2年夏が高校時代の最高成績だった選手が目につく。
最後の夏に届かなかった甲子園。あるいは、聖地で味わった悔しさ。その記憶は、次のステージへ進む力になったのだろう。
高校時代に夢見た甲子園は、今や彼らの本拠地になった。届いた者も、届かなかった者もいる。だが、あの夏の経験が、現在の虎戦士たちを形づくっている。
球宴で脚光を浴びる姿の向こうには、甲子園を目指して白球を追った球児時代の記憶が重なって見える。








