江戸東京博物館の「洋館展」が異例の大盛況! 建築好き垂涎の「官庁集中計画」に迫る展示では“幻の国会議事堂案”も
日本初公開、「国会議事堂」の絵
――「国会議事堂案」や「東京駅」のドローイングから、階段の一部やシャンデリア、家具まで揃っていますね。米山さんおすすめの必見の展示品は何でしょうか。
米山:今の話に出た、実現しなかった国会議事堂案の外観透視図ですね。外務大臣の井上馨が東京を近代国家にふさわしい都市に改造しようと考えた、官庁集中計画というプロジェクトがあります。日比谷や霞ヶ関の付近に洋風の庁舎を建設するというもので、そのためにドイツから招かれた建築家がヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンです。
彼らがデザインした国会議事堂案の透視図は、ベルリン工科大学建築博物館に保存されているもので、本邦初公開になります。「洋館展」のポスターなど、メインビジュアルにもなっています。
――井上が失脚せずに構想通りに進んでいたら、日本にこんな豪勢な国会議事堂が建っていた可能性があるんですね。
米山:藤森館長がNHKの「歴史探偵」という番組に出たときに、官庁集中計画のことを取り上げたのですが、ドイツの中継画面でこの国会議事堂案が紹介されたのです。藤森さんは私たちに会うなり、「あれを(「洋館展」のために)借りよう!」と言いました。
実物を見たことがある人は研究者でも一握りで、本当に貴重なものです。僕も今回実物を目にし、相当な迫力だと思いました。
――井上による明治の欧化政策の象徴であり、日本史の教科書でもお馴染みの「鹿鳴館」の階段の一部も展示されています。
米山:1940(昭和15)年に鹿鳴館が取り壊された際、階段の部材が保存されたのです。建築関係者の間では有名で、僕はもちろん存在を知っていたし、以前に「江戸東京たてもの園」の展覧会のために借りたこともあります。こういう実物があるだけで、空間が魅力的になりますよね。
家具から生活感を感じ取る
――「東宮御所(現:迎賓館赤坂離宮)」の家具も、「明治村」から借りてきたそうですね。100年以上前の家具が、よくあれだけ良好な状態で残っていましたね。
米山:明治村は宝の山ですね。東宮御所の家具もすごいけれど、1884(明治17)年に建てられた「有栖川宮邸」の家具なんて本当に貴重で、藤森さんも「こんなのがあったのか!」ってびっくりしていました。
有栖川宮邸は、鹿鳴館を設計したお雇い外国人のジョサイア・コンドルが、最初期に完成させた邸宅です。しかし、謎に満ちていて、写真や図面も数枚しか残っていません。
そんななかで、家具の存在感はすごいですよ。展示の説明に書いたけれど、明治の洋風邸宅は当時の人々にとっては名所のようなもの。自分たちとは縁がない、一般的な住まいとは違う、宮殿、お城という感じで見ていたと思う。でも、家具と対峙していると、確かにそこには生活があったんだな、って思えますよね。
――生活がちゃんとここで営まれていた証拠ということですね。非日常ではないと。
米山:もちろん一般人にとっては非日常なんだけど、住む側にしてみれば、日常の場だったということがわかりますよね。ただ、日常といっても、当時はまだ皇族といえども洋風の生活様式が身についていたわけではないので、一種の舞台のような場で繰り広げられる“日常生活”だったと思います。洋風の生活を演じている、とでもいいましょうか。
第2回【日本人は江戸時代から50年足らずで「ネオ・バロック様式の東宮御所」を建てた…江戸東京博物館の「洋館展」企画担当者が語る「西洋建築」の抗しがたい魅力】では、江戸東京博物館の研究員・米山勇氏に、現在同館で開催中の「洋館 明治の夢と挑戦」の見どころについて、引き続き伺っています。










