横浜と東海大相模が4回戦で激突! 原辰徳、松坂大輔、菅野智之らが刻んだ“神奈川頂上決戦”の記憶

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2年連続で聖地行きを目前で逃す

 今も語り継がれる高校野球版の珍プレーが見られたのが、2007年夏の準決勝だ。

 前年の決勝で、センバツ王者の横浜に7対15と大敗した東海大相模は、巨人・原辰徳監督の甥にあたる菅野智之(現ロッキーズ)を擁し、雪辱に燃えていた。

 試合が動いたのは、0対0の4回である。東海大相模は4番・大田泰示(元巨人など)の二塁打を足場に3点を先取し、なお2死一、三塁で菅野に打順が回ってきた。

 菅野はカウント2-2からワンバウンドの変化球にバットを中途半端に出し、スイングを取られた。ただし、捕手がワンバウンドで捕球していたため、菅野にタッチするか、一塁に転送しない限り、アウトにはならない。

 ところが、横浜の捕手はスリーアウトと思い込み、ボールを三塁手の筒香嘉智(現DeNA)に転送すると、そのままベンチに引き揚げてしまう。他のナインも続々とベンチへ戻った。

 一部始終を見ていた東海大相模・門馬敬治監督は、菅野に「走れ!」と大声で指示する。菅野を含む3人の走者はダイヤモンドを1周し、“振り逃げ3ラン”で3点を追加した。

 結局、このラッキーな3点がものを言い、東海大相模が6対3で勝利。夏の県大会では、1981年決勝以来続いていた横浜戦での連敗を「8」で止めた。

 だが、“最大の山”を越えた反動があったのか、東海大相模は決勝で桐光学園に8対10で敗戦。2年連続で聖地行きを目前で逃す結果となった。

過去の名勝負に連なる新たな一戦に

 2011年は、センバツを制し、春夏連覇と4季連続甲子園を狙う東海大相模を、5回戦で横浜が迎え撃った。

 横浜の先発・柳裕也(現中日)は、3回に臼田哲也に先制ソロを浴びる。それでも、「挑戦者の気持ちで投げた」と球を低めに集め、4回以降は二塁を踏ませなかった。

 1点を追う横浜は4回、先頭の3番・近藤健介(現ソフトバンク)の中前安打をきっかけに、1死満塁からスクイズで同点に追いつく。6回には2死三塁から柳の遊撃内野安打で勝ち越し、8回にも敵失絡みで1点を加えた。

 渡辺元智監督の采配も冴えた。8回1死から柳が安打を許すと、迷うことなく、ピンチに強い相馬和磨へスイッチ。2年生同士の継投で3対1と逃げ切った横浜は、その後も順当に勝ち進み、3年ぶりの夏の甲子園切符を手にした。

 横浜と東海大相模の対戦は、単なる強豪校同士の一戦ではない。時代ごとのスター選手が顔を出し、甲子園への執念がぶつかり、時には思わぬ名場面や珍場面まで生まれてきた。

 勝った側は勢いに乗り、敗れた側には長く残る悔しさが刻まれる。だからこそ、このカードはいつの時代も神奈川の高校野球ファンを引きつけてきた。

 16日に行われる両雄の対決は、過去の名勝負に連なる新たな一戦になるだろう。大会前半でありながら、神奈川の夏を大きく動かす試合になるかもしれない。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部

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