「渡部建いつまでゴミなんだ」激烈批判の鬼越・良ちゃん 「喧嘩芸」ではなく過激な言葉だけが独り歩き

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渡部はラジオで説明

 13日には渡部が「ナイツ ザ・ラジオショー」(ニッポン放送)に出演して、自分は出演交渉が進んでいたこと自体を知らなかったと説明した。後になってトークライブのプロデューサーから鬼越トマホークのYouTube出演を提案されたものの、他事務所の芸人で面識も薄く、告知目的で突然出演するのは申し訳ないと考えて、「難しいかもしれない」と答えた。

 渡部によれば、良ちゃんの投稿を誤解として取り下げてもらえればそれで良かったのだが、削除されない状態が続いていたため、事務所から声明を出さざるを得なかったのだという。

 人力舎、宮地、渡部の説明内容は、制作側の連絡ミスによって誤解が生じたという点でおおむね一致している。現時点では、今回の騒動の直接的な原因は両者の間に入った制作側の不手際であり、渡部本人に大きな責任があったとは考えにくい。

 仮にそれが事実だとすれば、良ちゃんも誤った情報を伝えられた側ではある。自分たちのスタッフを動かした後に出演を断られたと考えたのなら、腹を立てるのは理解できなくもない。しかし、事実確認を十分にしないまま、相手を公然と罵倒したことには問題がある。

 芸人同士の悪口が笑いとして成立するためには信頼関係が必要である。親しい芸人同士が、互いに了承した上で厳しい言葉をぶつけ合うのであれば、それは芸として成立することもある。

 だが、良ちゃん自身が書いている通り、彼と渡部にはそこまで親密な関係があるわけではない。しかも、Xの文章だけを読んでも、それが冗談として書かれたものだとは受け取りにくい。

 鬼越トマホークの毒舌は本来、あらかじめ共有された形式の中で、失礼な言葉を笑いに変える芸である。喧嘩を止めに入った相手にきつい言葉を浴びせる「喧嘩芸」も、共演者がその構造を理解しているからこそ成立する。

 今回はその枠組みがなく、過激な言葉だけが独り歩きしてしまった。本人はネタのつもりで書いた部分もあったのかもしれないが、あの書き方ではそのニュアンスが十分には伝わらなかった。

 芸人の間で笑いのために互いを罵り合うことが一般社会より広く許されているのは、お笑い界の良い部分でもある。ただ、その取り扱いには注意が必要だ。少しでもやり方を間違えれば、ただの誹謗中傷になってしまうリスクもある。

 良ちゃんには、自分が事実誤認から行き過ぎた批判をしてしまった可能性に真摯に向き合ってほしい。また、両者とも必要以上に対立を深めることなく、最終的には芸人らしく笑い話として振り返れるような形で騒動を着地させてほしい。それが一お笑いファンとしての願いである。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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