フジテレビ弁護士の行為は佐藤二朗へのハラスメントにならないか 暴走する「正義」の構造
俳優の佐藤二朗と橋本愛が主演したドラマ「夫婦別姓刑事」(フジテレビ系)を舞台としたトラブルは、関係者の誰一人得をしない状況を生んでいる。二人の俳優にそれぞれ応援や支持の声があがるのは良いとして、一部に相手方を強い言葉で非難する人も存在している。そのためいつもの「悪口合戦」が繰り広げられているわけだ。それでもまだ彼らには応援の声があるぶんいいだろう。だが、フジテレビに対する同情論や応援の声は聞こえてこない。トラブルの発端、そしてかなりの責任が彼らにあるというのが大方の見方だろう。
***
速報「愛子さまが『二級皇族』に…」 国民が賛同する「愛子天皇」を阻む皇室典範改正の“問題点”
弁護士が「火に油を注ぐ」結果に
「週刊新潮」が掲載した佐藤のロングインタビュー(「新潮QUE」で公開中)の中でも佐藤から橋本本人を非難する言葉は一切発せられていない。橋本に対する自身の言動への反省の弁は語られている。
一方で、フジテレビ側への不満を佐藤は隠さない。
「今回のトラブルはフジの制作陣が収拾できず、撮影現場にも来ないコンプライアンス担当の弁護士がいきなり介入してきたことで、火に油を注ぐ結果になったと思います」(「週刊新潮」7月16日号)
佐藤によれば、この弁護士からは橋本に何かあったら「佐藤さんのタレント生命にも傷がつきますよ」と「脅しのように」聞こえる言葉を投げかけられたほか、事の経緯の説明をしても相手には「何も響か」ず、「兎に角、僕が加害者だという結論ありきの聴取をされているように感じました」という。
捜査権も何もない人物が、ストーリーを決めたうえで一方的に聴取して相手に恐怖を与えることはコンプライアンス上問題ないのか、という疑問が当然わくところである。また結果として、この弁護士の姿勢に問題があったことは本人もフジテレビも認めて、謝罪を申し出たという(佐藤は拒否)。このプロセスが事態を深刻化させたという佐藤の指摘はもっともだろう。
本来、クライアントであるフジテレビの利益のために動かなければならない弁護士がなぜこのような振る舞いに出たのか。それは「コンプライアンス担当」だからという見方が妥当だろう。
短期的な視野でその場しのぎの対応をして、コンプライアンスを軽視したらどうなるか――フジテレビは身に沁みて知っている。それだけに、コンプライアンス担当者や担当弁護士としては、厳しい目で事態を把握しなければならない。ある意味で職務に忠実たらんとして、パワハラ尋問めいた行動に出たというところだろう。
こうした振る舞いは、利害のない第三者にとっては「正義」かもしれない。法律や「政治的正しさ」などをもとに客観的に判断をすることのどこがおかしいのだ、物事を「なあなあ」で済ませることが犯罪や不正の温床になるのだ、というわけである。
「爆弾ハラスメント」という新語でお茶を濁した文春
しかし、現在フジテレビが置かれている状況を見れば、一部の「正義」が暴走したゆえに、クライアント企業たる同社の信頼を余計に失墜させたという見方は十分に可能だろう。そもそもトラブルによって出演者らは苦しんだだろうが、「夫婦別姓刑事」は最終回まで無事放送にこぎつけているのだ。
また、これまで判明している限り、「被害者」とされる橋本は佐藤への処罰を求めているわけではない。関係者の誰一人、彼の刑事責任を問うているわけでもない。火をつけた文春ですら、「パワハラ」という言葉を使わず「爆弾ハラスメント」という新語でお茶を濁しており、違法性云々については触れていない。総合的に見た場合、コンプライアンス担当が強権を振るうケースかどうかは極めて怪しい。
出演者への対応の一部をプロデューサーや局長ではなく、「コンプライアンス担当」弁護士が担い、「正義」を言い募ったことで、「誰が得したの?」という状況が発生した……昨年のTOKIOの国分太一と日本テレビの間に起きたこととの類似性を想起する方もいるだろう。この時は、女性スタッフへのハラスメント行為が問題視された国分が、唐突に呼び出され、弁護士らから一方的な取り調べを受けたことへの不満をのちに口にしていた。
法的な「正義」を信奉する人にとってこうしたプロセスは当然なのだろうが、いずれのケースでも「加害者」はもちろん、「被害者」が望んだかどうか怪しいほどのハレーションが発生し、結果、クライアントもダメージを受けるという流れになっている。
本来「クライアントの利益のために働く」ことを期待して弁護士を雇ったはずなのに、なぜこうなるのか。
「企業側が主体的に考える必要がある」
危機管理コンサルタントの田中優介氏(株式会社リスク・ヘッジ代表取締役)の著書『地雷を踏むな 大人のための危機管理術』(新潮新書)には、「警察と弁護士は使いよう」という章がある。ここで田中氏は重要な局面での弁護士の重要性を述べたうえで次のように述べている。
「法的な立場のみを重視すると、それ以外の要素を見逃してしまい、結果として損をすることがあるのです。こうした弁護士にブレーキをかけられるのは、依頼人であるあなただけなのです。中には自らブレーキを踏みながら動いてくれる弁護士もいますが、少数と言わざるを得ません。
(中略)
(弁護士を選ぶ際には)分野以外にも向き不向きがあるので、それを念頭に置いて選びましょう。こちらが被害者の場合は、喧嘩の強いタイプの弁護士。こちらが加害者の場合は、物腰が柔らかなタイプの弁護士」
フジテレビの件で言えば、客観的には現場の混乱を招いた責任者である同社は加害者側とも言えるはずなのに、なぜか佐藤のみを加害者とし、強い態度で取り調べまがいの聴取をしたこともミスマッチだと言えるのだろうか。
改めて田中氏に見解を聞いてみた。
「フジテレビが何をゴールと考えているのか、そもそも当人たちがわかっていなかったのではないでしょうか。とにかく厳格にコンプライアンスを重視した現場の実現を目指すのか、それとも当事者すべてのウェルビーイングを考えながら乗り越えていくことを目指すのか。今回の弁護士は前者の立場で動いたのでしょうが、それは会社の総意だったのか。また、その結果、佐藤さんは心身にダメージを負ったとのことですから、新たなコンプライアンス問題を生んだ面があるのは否定できません。弁護士を雇うにあたって、任せきりにするのではなく、ブレーキを誰が踏むのかを企業側は主体的に考える必要があります」
さらにフジテレビの失敗について、田中氏は弁護士に依頼する前の段階の問題点も指摘する。
「危機管理を行う企業に常にアドバイスしているのは『感知・解析・解毒・再生』という4つのステップを意識してください、ということです。今回は感知と解析の時点で誤っているのではないでしょうか。基本のセオリーを理解できていないと思います」
田中氏の言うセオリー、「4つのステップ」については、「新潮QUE」で配信中の関連記事【暴走する「正義」が会社を追い詰める フジテレビ「ハラスメント」騒動が教える「弁護士任せ」の高いツケ】に詳しい。
正義は暴走しやすい。正義の御旗を掲げた人たちも同様である。ひとたび彼らが走り出すと、当事者の気持ちと関係なく正義を追及し続ける。そこにブレーキをかけることが困難な時代であることをフジテレビの事例は示してくれたのかもしれない。


