音大を諦め、家業と育児で歌から離れた秋元順子(79) “騙し討ち”の9年ぶりステージで遅咲きの歌手人生が始まった

エンタメ 芸能

  • ブックマーク

ジャズの関係者に見込まれて……

 ジャズへの転機は、バンド活動を再始動させた直後にあった。ステージに立ったハワイアンパーティーにジャズ業界に通じた関係者が訪れていた。

「終了後に私を待っていたその人から『君の声はハワイアンじゃなくてジャズだね』と言われました。そして『今度、ジャズの勉強を兼ねてニューヨークとニューオーリンズに行くツアーがあるんだけど行きませんか』と誘われたんです」

 今度は夫に電話で確認することなく、二つ返事で応じた。

「絶対そこで新しい自分が見つかると思いました。その少し前、私が一生懸命やっていたので『ご褒美あげるよ』と主人から言われていて、そのご褒美としてお願いしました。主人は3、4日の温泉などと思っていたようですが、ツアーは12日間。『行くならタダで帰ってくるな』と送り出してくれました」

 本場ニューヨークの「ブルーノート」を訪れ、一流ミュージシャンらの演奏に酔いしれた。ハワイアンからジャズへの転向を決心して東京へ戻り、3人のトレーナーにジャズボーカルの基本を学びながらライブハウスに出演するセミプロ歌手となった。トレーナーには、かつての人気深夜番組「11PM」にレギュラー出演していたピアニストで、ボーカリスト、サキソフォン奏者の沢田靖司がいた。

「沢田先生にいろいろなことを教えていただき、目から鱗でした。先生がほぼバイリンガルなので発声練習は英語でするんですが、日本語の発声練習と違うこと自体が楽しくて。生花店の仕事を続けながら、先生の教室へ通うのがこんなに楽しくていいのかと思ったほど」

 四十路が近づきつつあったが、当時、デビューを望んでいたわけではなかったそうだ。

 ***

 好きだった音楽の道へ復帰した秋元。第2回【「あなたの歌のおかげで離婚をやめた」秋元順子(79)が語る『愛のままで…』秘話 デビュー直後には“偽者”騒動も】では、メジャーデビューに至った経緯、デビュー直後に現れた自身の“偽者騒動”などについて語っている。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 3 次へ

[3/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。