大自然をほぼ徹夜で300キロ走る「超過酷レース」の全容 「知られざる香港」を捉えたドキュメンタリー映画はなぜ“現地で大絶賛”されたのか
不屈の香港を示す「獅子山精神」
彼らの顔ぶれはたしかに香港社会の縮図だが、なぜ挑戦する姿も“香港らしい”のか。
「香港には『獅子山精神』という言葉があります。諦めないこと、耐えて乗り越える力があることを意味する言葉です。このレースに出場した人たちは全員、このスピリットを持っていると思います」
九龍半島の北にそびえる獅子山(ライオン・ロック)は、70年代に始まったドラマ「獅子山下」をきっかけに香港のシンボルとなった。貧困の時代から経済成長、香港返還と常に変化を迫られる庶民に勇気を与え、奮い立たせる存在である。「獅子山精神」には人を助ける意識も含まれており、このレースでは選手たちとサポートチームの強い絆にそれを見ることができるだろう。
撮影中のリー監督もまた「獅子山精神」を発揮した。制作班にとっては、撮影こそが体力と精神力を削るレースのようなものだったからだ。
「最初の2日間は大丈夫なんです。撮影に胸が弾んでいることもあって、寝なくても平気。でも3日目が大変です。たとえば最後のコースでウィル(生還2018年)を撮るとき、GPSトラッカーで彼の位置を確認して少し眠りましたが、本当に熟睡してしまった。それでも起きて撮影できたけど、寝ながら歩いているような状態。どうやって撮ったのか自分でも覚えていないくらいですよ」
続く編集作業はコロナ禍のロックダウンと重なったが、時間を贅沢に使えるという利点があったという。およそ3年をかけた結果、選手たちのストーリーに雄大な香港の大自然がオーバーラップする、開放感にあふれた作品が生まれた。
名監督が「フィクション映画化できる」と
作品を評価したのは香港の大手製作・配給EDKO FILMS。2025年1月から劇場公開が始まると、動員15万人のサプライズヒットを記録した。リー監督は香港映画の最高アワード・金像奨の新人監督賞など複数の賞を受賞。フィクション映画化の噂も報じられたが、実際はどうなのか。そう問うと、香港を代表する名監督ピーター・チャン氏とのエピソードを明かしてくれた。
「試写で観たチャン監督がとても褒めてくれたんです。『自分が撮っているフィクション映画のような要素がある』『君がやりたければ、脚色してフィクションにすることもできる』と。僕はそれを本当に誉め言葉として受け取りました。というのも、僕と共同制作者のベン(実兄)は、観た人が楽しかったと言ってくれる作品を撮りたかった。ドキュメンタリーなので嘘はありませんが、ストーリーの伝え方がよかったと思ってくれるような作品を」
ただし残念ながら、リー監督がフィクション映画化をやりたいかといえば微妙なところだという。いまはドキュメンタリーへの意欲が強いからだ。まだ31歳の彼の前には、選べるルートと可能性が多くある。
本作が見せた大自然に心をつかまれ、選手のストーリーにも見入った香港人たちは「こんな香港が見たかった」と言った。そして名優チョウ・ユンファは「すべての香港人が見るべき」と絶賛した。若き監督が獅子山精神で撮影した本作に、香港が持ち続ける不屈の力と可能性を見た観客は多かったのだろう。
「フォー・トレイルズ 限界を超えてゆけ」
ヒューマントラストシネマ渋谷、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー公開中
配給:ザジフィルムズ










