「身内として母を信じることは許して」 林眞須美死刑囚の長男が語る 「父の死を伝えると、母の顔が急に赤くなり、じんましんのようなものが」
「法を犯している自覚がなく……」
夫婦はケガを悪化させたり体調を崩したと訴えたりして保険金の詐取を始める。健治氏は白アリ駆除の経験からヒ素の危険性を熟知、病気を装うために何度も意図的に口にしたと後に公言している。
カレー事件発生から約2カ月後、健治氏は保険金を不正に得た詐欺容疑で妻と共に逮捕された。妻は後にカレー事件に関して、殺人および殺人未遂容疑で再逮捕されたが、健治氏は詐欺容疑のみが問われた。00年、懲役6年の実刑が確定、05年に出所する。
「父は和歌山市内で一人暮らしを始めた。話好きでサービス精神が旺盛。記者が訪ねてくると、自分の体を張って金を得たと言って保険金詐欺を誇らしげに話すことがありました。かつての父は法を犯している自覚がなく、体を壊してでも豊かな生活を得ようと考えがまひしていたと分かった。出所後、父と一緒にスーパーに行った時、値札を見て“高い”と呟いて棚に戻した姿が忘れられません。金銭感覚が服役で完全に変わっていました」(長男)
「母の顔が急に赤くなり、じんましんのようなものが……」
カレー事件被害者の会副会長の杉谷安生氏は言う。
「大阪の民放テレビで健治氏と対談した時、くだけた雰囲気で話しかけてきましたが、妻は無実だと自分の考えははっきり述べていた」
足が不自由になり、長男の助けのほか、食事はヘルパーの手も借り、週に2回以上はデイサービスに通っていた。24年にはカレー事件を検証するドキュメンタリー映画「マミー」(二村真弘監督)に協力している。
昨年、肺がんで手術。今年、転移が分かり6月15日から抗がん剤の治療を受けていた。6月22日、81歳で他界。
〈4人の子供に、取り返しのつかない過ちを犯してしまいました。いくら悔いてもどうすることも出来ず、又、眞須美の帰りを迎えいれる事が出来ず死を迎えました。「無念でなりません」〉などと記し、多くの方に迷惑をかけたことをわびる内容の遺書を残していた。
「母に面会して、父の死を伝えました。“健治あかんかったわ”と告げると、母の顔が急に赤くなり、じんましんのようなものがサーッと現れました」(長男)




