洪明甫監督に「殺人予告」も…イングランドでは「首相の次に重要な職務」と称えられる「サッカー代表監督」のドラマ W杯に優勝した全監督の“意外な共通点”とは
練習が厳しいから、クビ!?
今回のW杯で皆を驚かせたのが、チュニジアだろう。なんと大会の初戦である1次リーグの第1試合で負けると監督が交代。しかも、チュニジアがW杯期間中に監督を代えるのは1998年の大会に次いで、2度目だった。因みにこの時は、1次リーグで2連敗した後の交代であった。もちろん僅か1試合のみでの交代は、大会開始後は最短タイ記録となるが(※1954年のスコットランドの監督も、選手の枠をめぐり、最初の1試合のみで降りている)、次の監督に就任したエルベ・ルナールは、初戦となる日本戦の前、会見でこう語っている。
「私は、魔術師ではない」(※日本vsチュニジアは、4-0で日本が勝利)
監督の交代については、古くから新聞にこうある。
〈アフリカ、中東勢は辛抱がきかない〉(朝日新聞。1998年7月6日付)
当然、というわけでもないだろうが、大会開始前の解任は枚挙に暇がなく、1998年、イランのイビッチ監督はW杯開幕の3週間前に解任(W杯開幕は6月10日)。直前の親善試合に大敗したためだったが、就任したのは同年の1月15日で、約4ヵ月という短命政権だった。
大敗が辞める原因でない場合もある。1998年、ジャマイカ監督のシモンエスは、1次リーグ最終戦の日本戦に勝利したが、辞任の意志を明らかに。「地元紙に給与をバラされたことの、自国サッカー協会への不信感」だったとか。2006年、トーゴのフィスター監督は、一旦は「勝利ボーナスが払われてない」と開幕4日前に辞任を表明したが、選手の懇願で復帰。ところが初戦に敗れると、元々不仲だった協会側が「大酒飲みの国賊!」と批判。対して監督は「私はビールさえ飲まない! 法廷闘争してもいい!」と応戦。結果、トーゴはW杯1次リーグ戦、全敗に終わった……(監督は辞任)。
日本とも因縁が深いサウジアラビアは1993年、翌年6月のW杯に向けて同年暮れよりオランダの名将、レオ・ベーンハッカーを監督にしたが、なんと2月半ばには解任処分に。指揮期間は僅か3ヵ月足らずであった。解任理由はサウジの公式声明によれば、「彼のやり方は、わが国のサッカーにふさわしくない」だったが、実は、同監督の練習の厳しさに選手たちが音を上げたというのが本当のようだ。
〈監督にとって当たり前の1日2回の練習も、週に3回しか練習しないサウジの選手にはつらかったのだろう〉(毎日新聞。1994年3月4日付。夕刊)
欧州と比べ、チームを去る理由も玉石混交なアフリカ、中東勢だが、反面、元サウジ監督のベーンハッカーは、母国オランダに帰ると、出迎えたサッカー関係者や報道陣に告げた。
「スーツケースいっぱいに、サウジの情報を持ち帰って来た!」
記者から歓声が上がった。実はこの時、オランダとサウジは、1次リーグで同組だったのだ。結果は2―1で、オランダの勝利だった。
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