「モテたい」「カッコいい車に乗りたい」 65歳・田原俊彦が今も全力で走り続ける、意外なほどシンプルな理由
少年のような純粋さ
現役アイドルとして第一線に立ち続ける田原俊彦(65)。小学1年生で父を亡くし、女手一つで育ててくれた95歳の母・千代子さんへの想い、貧しかった少年時代に培ったハングリー精神、そこから生まれた社会貢献活動への情熱。少年のような純粋さを持ち続ける、永遠のポップスターの“今”を紐解く。(全3回の第3回)【福嶋剛/ライター】
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【写真】とても60代には…田原俊彦、華麗な足上げ。圧巻のパフォーマンス
――前回はバブル期のモテ話についてお聞きしましたが、今回はトシちゃんにとって大切な女性、お母様の千代子さんについてお聞きします。
「今年95歳ですよ。今でも自分の足で歩きますし、本当に元気なんだ」
――今でもコンサートに駆けつけてくださるそうですね。千代子さんが会場にいらっしゃると、お客さんが一斉に立ち上がって千代子さんに拍手を送るという、ほかにはない光景だとか。
「『あんたはロイヤルファミリーか!』ってね(笑)。ただの山梨の田舎者ですから。でも僕が、田原俊彦という人生を歩む上で最も影響を受けた人物ですから」
――小学1年生の時にお父様がお亡くなりになり、それから女手一つで4人のお子さんを育ててくれたという。
「そうだね。最初は横須賀に住んでいて、父はそこで学校の先生をしていたんだけど、僕が小学1年生になってすぐに病気で亡くなったんだ。それで山梨に引っ越したんだけど、そこから生活が大変になった。
お姉ちゃん2人は父方の家に3年くらい引き取ってもらい、僕と妹はお袋と生活していたんだけど、昼も夜も汗をかきながら働いている母親の背中をずっと見て育ったんだよ。きょうだいの中で男は僕一人だったから、何とかしてお袋を幸せにしたいと子供ながらに思っていたんだ」
――芸能界に入ろうと思ったきっかけは。
「たぶん、親父が生きていたら先生を目指していたと思うんだけど、生活も苦しかったし、小学校、中学校ではそんな境遇を周りに笑われたくなかったから暴れていたし……。その時にテレビとか雑誌で芸能界のキラキラしたのを見て、普通にサラリーマンや自営業をやるんだったら芸能界に行った方がお袋を幸せにできると思ったんだ。お袋はとても厳しい人だったけど、僕は頑固で一度やると言ったら意見を聞かない子だったから、芸能界入りも制止できなかったんだと思う」
――そんな山梨での生活環境が今の田原俊彦を作ったということですね。
「デビューしてから苦しい時は、僕たちのために頑張っているお袋を思い出しました。やっぱり子供の頃から、負けるのが大嫌いだったから、ハングリー精神は人一倍あったし、絶対に天下を取るっていう思いは他の誰よりも強かったと思うよ。『有名になってお金を稼いでお袋を楽にさせる』って、それが原動力だった」
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