映画は作り物の世界だが「演じるおれたちにウソがあってはならない」…孫の大河ドラマ「豊臣兄弟!」出演が話題になった“名優”の生きざま

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「演じるおれたちにうそがあってはならない」

 ところで、「役者は胃袋だよ」の言葉を聞いたのはどんなタイミングだったのかというと、今村昌平監督「女衒 ZEGEN」(87年)の台湾ロケでのこと。

 ホテル近くの路上に数十軒の屋台が並んでいた。垣井氏は緒形に倣って肉入りスープともち米の粘っこい炒飯を食べたのだが、ひどくまずかったという。その時、緒形が炒飯をかき込みながらこう語った。

〈やっぱり、土地のものを食べなくちゃ。役者は胃袋が勝負だよ〉

 筆者は緒形に接する機会はなかったが、「今あるのはあの人のおかげ」というインタビューで、所属事務所の後輩だった光石研(64)に話を聞くことができた。33年ぶりの主演となる「あぜ道のダンディ」(2011年)公開前だった。光石は高校時代に映画「博多っ子純情」(1978年)でデビュー、緒形がいた鈍牛倶楽部という事務所に入っている。

 光石は緒形についてこう語った。

〈右も左もわからず、オロオロしていると、「今は何でもやりたいようにやればいいよ」って。緒形さんは笑顔で後押ししてくれましたね。

 27歳の時だったか、ニューヨークで緒形さんと地下鉄に乗り、メッツの試合を観戦したオフの日の1日は一生の思い出ですよ。優しいんですけど、曲がったことは許さない。撮影現場に遅刻した時など、「何やってんだ」って大声で怒鳴られました。いま思うと、叱っていただいたんですね。

「いいか光石、映画も演劇も、つくりものの世界だけどな、演じるおれたちにウソがあってはならない。真摯に取り組め、いいな」〉

 垣井氏が見たのが緒形の素の顔なら、光石が見たのは後輩に見せる俳優の顔だったのだろう。

 光石が尊敬するのは最後まで役者として全うしたことを知っているからでもある。

〈緒形さんは晩年、あれだけの大病(肝がんなど)を患いながら、それをおくびにも出さず、最期まで現場に立ち続けていたのですから〉

「とにかく仕事をしたいんだ」

 垣井氏が緒形の訃報を聞いたのは、マネージャーから「撮影が無事終了しました」というメールを受け取った直後だったという。

 垣井氏は肝がんと知らされた時「少し仕事を休んだらどうですか」と言ったのだが、緒形の返事はこうだった。

〈「役者は役でしか生きることができない。とにかく仕事をしたいんだ」とあの野太い声で答えた〉(『緒形拳を追いかけて』より)

 それが緒形の声を聞いた最後だったらしい。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部

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