巨人の名二塁手が生んだカツカレー 長嶋、掛布にもあった“球界グルメ”誕生秘話

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掛布も「これはいけるな」

 阪神の主砲・掛布雅之ゆかりのメニューとして、今も球団関係者や虎党に愛されているのが、通称「掛布ライス」である。

 話は1980年頃にさかのぼる。

 当時、甲子園球場の近くにあった「台湾料理・龍園」に掛布が来店し、「焼き飯を天津飯にしてよ」とリクエストしたことがきっかけで誕生したという話が、半ば“伝説”と化している。

 ただ、実際に注文したのは、掛布がかわいがっていた後輩の捕手・西口裕治だった。西口は後に合宿所「虎風荘」の副寮長を務め、2024年12月に定年退職している。

 奇妙な注文に店主は首をかしげながらも、言われた通りに作った。西口は「美味いやん」と感激し、掛布も「これはいけるな」と気に入ったことで、タイガースゆかりの新メニューが誕生した。

 天津飯は関東では甘酢餡が主流で、甘い味つけが苦手な人もいる。関西では塩ベースの餡が多く、炒飯ともよく合う。関西人らしい発想と言えるかもしれない。

 本来なら考案者にちなんで“西口ライス”になるはずだった。だが、掛布がテレビや雑誌で広く紹介したことなどから、メニュー名は「掛布ライス」になった。

 自らの名字を冠された掛布氏は「私にとっては独身時代をすごした『虎風荘の味』です。当時の若い選手らでオリジナルのメニューを作ろうとなって、西口の案が採用されたのですが『西口ライス』では売れないから、お店が『掛布ライス』にしてくれと。本当においしくて、シメはいつも掛布ライスとギョーザスープを頼みました」(2022年4月14日付スポーツ報知)と回想している。

 龍園は2009年に惜しまれつつ閉店したが、現在は先代の長男が「台湾料理・琥珀」、次男が「台湾料理・もやし」を甲子園の近くで営んでいる。琥珀では「天津焼飯」、もやしでは「天津やきめし」のメニュー名で提供されている。

 天津焼飯は町中華や餃子チェーン「餃子の王将」などの定番メニューになり、すっかりポピュラーになった。オリジナルの系統を受け継ぐ両店は、今も地元・阪神ファンの根強い支持を集めている。

 選手の一言から生まれた料理が、時代を越えて名物になる。そこには、グラウンド上のプレーとはまた違う、野球文化の面白さがある。球場観戦の前後に、かつての名選手ゆかりのグルメを味わうのも一興だろう。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部

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