「24時間テレビ」チャリティーランナーに「星野真里」起用の賛否 「過酷な夏のマラソンと難病支援の関連性が…」

エンタメ

  • ブックマーク

寛平が恐れた日本の暑さ

 最初のランナーを務めたのはお笑い芸人の間寛平(76)だった。彼はギリシャのアテネからスパルティまで246キロを36時間以内に走るウルトラマラソン「スパルタスロン」に挑戦していたため、彼のマネージャーが勝手に提案したという。後で企画を聞いた寛平は、東京の暑さを考えると不安になったといわれる。

「この年の視聴率は17・2%と大成功したのですが、寛平さんのマラソンは完走できませんでした。要因はマラソンコースを公表していたため沿道が見物人で溢れ、走行不可能になってしまったからです。意外だったのは、走り慣れていた寛平さんですら東京の夏を恐れていたことですね」

 ちなみに、寛平が走った1992年8月29日の東京の平均気温は27・9度、最高気温は32・6度だった。翌30日は平均27・9度、最高31・7度。33年後となる昨年、横山が走った8月30日の平均気温は31・6度、最高気温は38・5度、翌31日は平均30・9度、最高36・8度だった。猛暑や酷暑などと言われるわけである。そんな中、今年は星野が走ることになった。

「コロナ禍の2020年と21年を除き、チャリティーマラソンは続けられています。転機となったのは、やす子の時でしょう。彼女の目的別募金だけで5億円にもなり、この年の募金合計は15億8900万円。この募金総額は東日本大震災が発生した11年の19億8600万円に迫る歴代2位となりました。そして昨年の横山は、目的別募金だけで7億円、合計で19億5900万円と歴代1位に肉薄する総額となったのです。日テレとしては募金総額の歴代1位を更新するべく、今年は現在進行形の苦難を抱える星野さんを選んだのではないかと勘ぐりたくもなってきます」

 日テレはチャリティーマラソンの熱中症対策には万全を期して準備を進めていると公式ホームページで発表しているが、なぜそこまでマラソンにこだわるのかは不明だ。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。