真犯人は「もっちゃん」ではない 「田鎖ブラザーズ」最終回、現場にいた“もう1人の男”の正体
晴子の隠し事
ここからは推理である。見届け人は笹岡だった。もっちゃんが田鎖夫妻を殺せなかったため、代わりに殺した。それに小池も気づいたが、相棒なので捕まえることが出来なかった。その代わりに事件から3年後の1998年、笹岡と五十嵐組の癒着を露見させた。
笹岡は懲戒免職になった。小池も笹岡の暴走を止められなかった責任を問われ、1課から所轄署の交通課に異動になった。問題は笹岡による田鎖夫婦の殺害を県警組織のどこまでが知っていたか。組織の中枢が把握していながら、それを伏せていたら、重大不祥事である。
晴子は新聞記者を経て情報屋兼質店経営者になった。今も取材力があり、県警内の動きにも通じているようだ。第8回、県警内で笹岡のことを調べていた稔が「(笹岡のことは)タブーになっている」とこぼすと、晴子は「何か掘られたくないことがあるのかも」と意味深な言葉を口にした。
そもそも、このストーリーに笹岡を登場させたのは晴子なのだ。質店を訪れた小池から「あの兄弟には力を貸すな」と高圧的に言われた際、晴子は「笹岡さん、元気ですか」と言い返した。小池は一言も口に出来なかった。晴子は工事現場で働く笹岡に会いにも行っていた。
このあとがおかしい。第8回になって晴子は笹岡の存在を田鎖兄弟にも明かしたが、自分が会ったことは伏せた。笹岡の県警時代の人事記録を見せただけ。田鎖兄弟が笹岡のことを追い始めても五十嵐組との癒着などを話すばかりで、やはり自分が会ったことを黙っている。
晴子は既に事件について田鎖兄弟以上に知っているのではないか。何が晴子を突き動かし、調べさせているかというと、田鎖兄弟と同じく、復讐心である。
晴子は父一人子一人で育った。だが、父はもういない。「もう何年も前だけど、酔っぱらって海に落ちて、死んじゃった」(第6回)。
もっとも、海への転落は偽装であり、実際には五十嵐組に殺された。
第9回、辛島の妻・ふみは潜伏場所に訪ねてきた田鎖兄弟に対し、事件当時のことを「漁師のコウジさんは殺されてしまった」と振り返った。田鎖夫婦殺害の約2週間前にあたる1995年4月13日夜のことだ。このコウジが晴子の父親なのだろう。
コウジが殺されたのは密造銃の取引が急に中止になったから。朔太郎が辛島のつくった密造銃の受け渡しを拒んだためだ。密造銃を沖合に運ぶのが仕事だったコウジはとばっちりを受けた。
当時の晴子は朔太郎のせいで父親が死んだと思っただろう。同4月26日夜に晴子が田鎖宅前にいたのは朔太郎の殺害を考えていたからかも知れない。
しかし晴子は結果的に田鎖夫婦を殺害していない。晴子は男に斬りつけられたあと、ほどなく到着したパトカーに乗った。田鎖夫婦を刺殺していたら、相当量の返り血を浴びる。警察官でなくても分かるはずだ。
晴子の最終的な狙いは何か。警察官の正義が犯人の逮捕なら、新聞記者の正義は悪事の告発だ。元記者の晴子は事件の全容を広く知らしめようとしているのではないか。
すべての発端はふみの山での転落事故だった。ふみは1993年、事故で脳幹などを痛め、下半身不随となった。医師は辛島に対し「治療には海外の最先端の設備と高度な技術が必要」と告げた。さらに医師は「費用はかなり高額」と付け加えた。第9回の回想シーンである。ここから辛島の密造銃による金儲けが始まった。
同じ第9回には1999年の回想シーンもあったが、ふみは歩いていた。95年から99年の間に念願かなって手術を受けられたことになる。見逃せない事実だ。これにより手術で得たふみの希望は間もなく絶望に変わる。
田鎖夫婦殺害事件は発生から15年後の2010年4月25日に時効が成立した。刑事訴訟法の改正で殺人罪など凶悪犯罪の時効が撤廃されたのは2日後の2010年4月27日である。事件が2日遅れで起きていたら、あるいは刑訴法が2日早く改正されていたら、時効はなくなっていた。
だが、田鎖夫婦殺害事件も時効がなくなっているはず。ふみの手術が海外で行われたことが確実だからである。辛島が付き添ったのだろう。犯人の海外渡航中は時効の進行がストップするから、辛島夫婦が2日間より長く海外にいたら、この事件の時効はない。辛島だけでなく、犯行グループ全員の時効が永遠にない。
それが分かっているから辛島は心神喪失状態を装い、罪から逃げようとしているのだろう。田鎖兄弟とは会話が成り立たないが、もっちゃんとは話しているのだ。いつも威張り散らしていた。
辛島は詐病だ。たとえば第7回、もっちゃんがふみに向かって「あの兄弟は裏切れない」と半泣きで訴えると、辛島は「オレたちはどうなってもいいのか。茂木!」と威圧した。病気の気配すらない。
医師は詐病を見破るから、辛島の演技は徒労に終わる。
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