「フラット3の申し子」森岡隆三氏が明かす「日韓W杯」までの秘話…「3人のDFが阿吽の呼吸で動けるようになるまでトレーニングを積み重ねたんです」
「自分はまだまだやれる」と思った
そんな言葉を体現するかのように、日本代表がW杯初出場を決めた『ジョホールバルの歓喜』も、ファン目線で妻や友人とテレビで見守っていたというが……。
森岡氏のサッカー人生は、A代表に初選出されたのを機に大きな変化を遂げていくこととなる。
「代表選出の一報を受けた時は、本当に驚かされて。会見で『もし、僕が監督なら自分を選ばない。まだまだ圧倒的に(召集が)早すぎると思います』とコメントしましたけど、日本代表に声をかけていただき、そこで初めてチームのことを意識したくらい、僕にとっては『寝耳に水』な出来事でした」
1999年3月のブラジル代表戦(国立・0対2)でA代表デビューを飾った森岡氏は、スタジアムで見た満員の観衆が国歌を歌う姿や、国を背負う責任の大きさにこれまでにない重圧を感じながらも、その立場に相応しいプレーヤーになれるようにと決意を新たにすると、続く6月のベルギー代表戦(国立・0対0)では90分間プレーし、MVPも受賞。
「ベルギーの選手は個人の技術はもちろん、判断が優れていてミスも少なく、1対1で挑んでもなかなかボールが取れないなと感じました。確かにMVPをいただきましたけど、嬉しさよりも『自分はまだまだやれる、やらなきゃならない』という気持ちの方が勝っていました」と、森岡氏は2年後の日韓W杯で再戦する強豪との対戦で、さらなる自信を深めた。
「フラット3」で守備の重要性を知ってもらえた
自国開催のW杯に向けて招聘されたフランス人指揮官のフィリップ・トルシエ氏は、「3-5-2」のフォーメーションを採用し、強靭なフィジカルを持つ相手選手を、数人のゾーンディフェンスで止めることを目指した。そんな中、3人のセンターバックが横一線に並びラインを上げ下げし、オフサイドトラップで相手の攻撃を封じ込める「フラット3」と呼ばれる戦術は、連日メディアでもその名前が取り沙汰され、話題を呼んだ。
「当時の僕は、どちらかというとDFの割に足元の技術と、駆け引きやラインの調整で相手を封じるスタイルが好みで、足の速さも身体の強さもさほど持ち併せていませんでしたから、堂々とフライングができるサッカー以外の競技をやっていたら、おそらく守備を任されることはなかったんじゃないかと思っています」
チームの命運を握る戦術を3バックの真ん中として支えた森岡氏は、やがて代表に欠かすことのできないプレーヤーに。
「ボール一転がりでの、DFの3人が阿吽の呼吸で動けるぐらいになるまで、何度も繰り返しトレーニングを積み重ねて。今振り返ると『よくまあ、あれだけ徹底してやれたな』と感じますよ。僕にとって『フラット3』は本当にやりがいのある戦術でしたけど、これをきっかけに、日本サッカー全体が守備に目を向け、その概念や重要性が多くの人に広まったような気もするので、ピッチ外での影響も大きかったんじゃないかと思います」
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