「健康のために一駅歩く」「高齢者は免許返納を」…“都会の常識”に地方在住者が困惑するのはなぜか…都会人には理解できない、地方在住者が「紙の新聞」を購読する理由

国内 社会

  • ブックマーク

大人がいない満員電車の謎

【鉄道・駅の感覚が違う】

 これが今回の件と大きくかかわっているのだが、地方は電車の本数がかなり少ない。JR山手線など3分に1本来る時間帯もあるわけだし、主要な私鉄や東京メトロも5分に1本という過密ダイヤとなっている。だが、地方では1時間に2~3本あれば御の字である。JR北海道管内では1日3~4往復だったり、かつては1日1往復という路線もあった。そのため、電車に乗る場合は、「絶対にそれを逃してはならぬ」という覚悟を持たなくてはならない。

 たとえば、筆者は東京から引っ越し、現在佐賀県唐津市に住んでいるが、引っ越してすぐの頃に佐賀駅と西唐津駅を結ぶJR唐津線に朝の時間帯に乗ると、その乗客の年齢層の偏りを、不思議だなと思って眺めていた。とにかく高校生率が90%超ということがあるのだ。途中駅から乗ってくる生徒がすでに乗っている生徒に「おはよー」などと挨拶をしている。そして「厳木(きゅうらぎ)」という駅でゾロゾロと高校生が降り、車内は閑散とする。この駅近くに、「厳木高校」という県立高校があるのだ。この電車を逃すと遅刻をしてしまう。だから高校生だらけなのである。大人があまり電車を使わない理由は、基本的にはマイカー通勤だからである。

一駅歩くと言っても

 なお、唐津発の唐津線の「上り」の終電は21時38分であり、佐賀市から来る人はこの時間に間に合わせて飲み会を終えなければならない。「下り」は佐賀駅22時40分発なのだが、ある時、佐賀駅から唐津に向け、この電車の終電に乗った。気づいたら終点の西唐津で、筆者が住む一駅前の唐津駅まで歩こうかとも思ったのだが、駅名的に近そうな雰囲気の西唐津・唐津間ですら、2.7kmあり、さすがに歩くのもキツく、タクシーを呼び(駅の前で待っていないのである)、約1300円を支払って帰ったのである。だからこそ「一駅歩く」と言っても「霞ケ関・日比谷ってレベルじゃねーんだぞ」「永福町で降りて、普通列車が急行の待ち合わせをしている間に西永福まで走れば普通列車より先に着くってレベルじゃねーんだぞ」と言いたくなるのだ。

【「車がないと死ぬ」は大袈裟ではない】

 これは高齢者が事故を起こすと、「免許返納しろ!」の大合唱がネットで発生することにも関係するのだが、その際に地方民から必ず「車がないと生活できない」という声が出る。「車がないと死ぬ」とまで言う人もいるが、これは事実である。何しろ家から歩きで行ける店がないのだ。「車がない時代は生きていたろ?」と言うかもしれないが、当時は歩いて行ける距離に売店があったうえに、バス網があり、移動ができたのである。

 今となっては車がなければ職場にすら通えなくなるし、我が子を習い事・塾、いや、学校にすら行かせられない。自転車に30分乗って通う生徒もそれなりにいるが、山の方の家に帰る時はまさに苦行である。住宅の販売チラシを見ると「JR〇〇駅徒歩48分」なんて表記も普通のことだ。

【地域の寄り合いや祭りの参加が大事】

「今日は地域の寄り合いのために酒とつまみを買わなくてはいけません」と言われることもあれば、「7月の祭りの準備のため、5月を過ぎると夫は毎週末、笛や太鼓の練習や山車づくりのために出ていくから育児がワンオペになる」などと聞くことがある。それだけ地元では行事が大事なわけだ。

 ほかにも消防団の会合やら飲み会もあり、マンションで隣に住んでいる人が誰だか分からない、なんてことは主要駅近くの新しいマンション以外はあまりない。だから本当に「家の鍵はかけん」なんてことも普通に言う。まぁ、最近はトクリュウの存在もあり、用心するようにはなっているが。

次ページ:キラーコンテンツは訃報欄

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。