「河野洋平」氏が死去 「慰安婦談話」「台湾の空港で降機拒否」…新聞が書かないリベラル政治家の“功と罪”
河野談話で負い目
《「16人がどういう人たちなのかは、今でも非公開なので詳しくはお話できませんが、何人かが官憲に連行されたという証言をしていたと憶えています。(中略)我々としては、やはりそういう女性達の立場というものを慮ってあげなくてはいけないし、当時の朝鮮は日本の植民地支配下に置かれていたわけで、強制連行しろという命令書がなくても、意に反して連れて行かれた、となることもあるでしょう。そういうことを、あの談話の中で言ったのです」》
こうして出来上がった河野談話だが、当時、外務審議室から相談を受けていた現代史家の秦郁彦氏は、発表前にファクスで送られてきた文面を見て、全文の書き直しを提案したという。
《「一読したところ、まるで大半の慰安婦に対して当時の官憲が強制連行をしたかのような表現になっている。これはまずいと思い、審議室の人に“これだと軍による組織的な慰安婦の強制連行があったと解釈される危険があります。やってもないことを認めるようなものですよ。これを出したら将来に禍根を残しますよ”と言って全文を書き直すべきだと主張したのです。(中略)後で聞いたら、審議室の事務局と河野官房長官との間で談話の内容について揉めた、と。事務局側はかなり抵抗したそうですが、最後の最後で河野官房長官が押し切るかたちで出してしまったそうです」》
その結果、日本はどうなったか。
《外交評論家の田久保忠衛氏は語る。/「河野談話は、韓国政府から捻じ込まれた挙句、韓国側の思惑に沿った内容となっているのです。本来そうした事実が確認されなかったのに、河野談話があるから、日本人は先の戦争に関して、ずっと負い目を感じ続けることとなった」》
中国にも過剰な配慮
このままでは禍根を残すと、第2次安倍政権時の2014年、内閣官房と外務省が事務局となり「慰安婦問題を巡る日韓間のやりとりの経緯~河野談話作成からアジア女性基金まで~」という報告書をまとめた。そこで、河野談話に強制性の裏付けはなく、韓国の修正要求を入れた日韓合作であったことが明らかにされた。
だが、時すでに遅し。むろん河野談話が破棄されたわけではない。
今でこそ日韓関係は良好で、高市早苗首相と韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領は友好的な関係を保っているので慰安婦問題は再燃していない。しかし、李大統領が少し前まで強硬な反日派だったことを憶えている人は少なくないだろう。
さらに、河野氏が過剰なまでに配慮したのは韓国だけではない。中国にも同様だった。週刊新潮は2005年6月23日号で「中国に媚びた政治家『A級戦犯7人』の大罪」という特集を組み、その中の1人として、当時、衆議院議長だった河野氏を挙げている。戦後60年となるこの年、小泉純一郎首相は終戦の日に靖国神社を参拝することを公約としていた。すると……。
《6月1日、河野氏は、森(喜朗)前首相ら5人の首相経験者を議長公邸に招き、参拝反対の意見を集約、7日には小泉首相に直談判した。立法府の長が、行政府の長の経験者を呼びつけたり、現役の長に意見するのは前代未聞。/ベテランの政治記者はこう語る。/「94年の外相時代、バンコクでの国際会議に向かったが、悪天候のため台湾に緊急着陸。バンコクで会った銭其琛外相に『私は飛行機から一歩も出なかった』と報告した話は有名です。中国との関係を維持したいがために、そこまで気を使うのかと呆れられましたが、このエピソードが物語るように、河野氏の考える日中友好関係というのは、ひたすら日本が唯々諾々と中国の言うことに従い、阿(おもね)ることにあるのです」/台湾の李登輝元総統の訪日ビザ発給に反対したのも河野氏だった》
ちなみに、小泉首相はこの年、8月13日に靖国神社に参拝した。
現在、日中関係は最悪の状況にあるとも言われる。それを心配してか、河野氏はこの6月にも訪中の予定だったという。
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