日本人にサッカーの歓喜と悲劇を教えた「98年」「02年」のW杯を振り返る…初めて渋谷スクランブル交差点でファン同士のハイタッチが交わされた日
FIFAワールドカップ北中米大会がついに開幕した。我らが日本代表は初出場の1998年のフランス大会以来8大会連続での本戦出場となった。AFCアジアカップでは2011年を最後に優勝こそしていないものの、今やアジアでは最強とも言える存在になっている。現在日本はFIFAランキングで18位、イランは21位、韓国は25位だ。
1998年以前を知っているサッカーファンからすれば隔世の感があるが、ここでは1998年と2002年大会の日本代表を振り返る。この時の悔しさと喜びが今の強さに繋がっている面もあると考えるからだ。【中川淳一郎・ネットニュース編集者】
【写真】2002年の日韓ワールドカップでファンがハイタッチを交わした渋谷スクランブル交差点の今
ジョホールバルの歓喜
1998年大会はあと一歩で本大会出場を逃した「ドーハの悲劇」の次の大会で、イランとのアジア第三代表決定戦では延長戦でFW岡野雅行がゴールを決め、本大会進出を決めた。この試合は当然イランにとっても非常に重要で、イランはアリ・ダエイとともに強力FWを形成するコダダド・アジジが試合前日に車椅子で報道陣の前に姿を見せた。負傷したか! と思わせたが、試合開始時にはピンピンしたアジジがセンターサークルにおり、陽動作戦を仕掛けたのであった。これは日本のネットでは「アジジ作戦」と呼ばれた。
延長から岡野が二次予選で初めて出場するのだが、中田英寿から見事なスルーパスを受け絶好のチャンスでキーパーと1対1で止められる→また中田からスルーパスが来て1対1になるもなぜかシュートを打たず、中田にパスを出そうとして相手DFにボールをクリアされ中田が呆れる→またまた絶好のチャンスが来たがボールをふかしてはるか上空に、岡田武史監督が頭を抱える……という一連の流れがあった。
その後「お前には任せられん!」とばかりに中田がドリブルで相手陣営を突破してペナルティエリア外からシュート。キーパーがはじいたところで岡野がスライディングしながらシュートを決め「ジョホールバルの歓喜」となった。日本は国をあげて沸き立った。
だが、世界は甘くない。本大会予選ではバティストゥータ、オルテガ、ベロンなど世界クラスの選手を揃えたアルゼンチンに0-1で初戦は負け、2戦目はシュケル、ボバン擁するクロアチアに0-1で負ける。3試合目のジャマイカ戦こそ中山雅史が執念のゴールで日本代表史上初ゴールを決めたが結果は1-2で、0勝3敗という結果に終わった。中山は後に右足腓骨亀裂骨折と診断された。
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