「米国大会まであと45分」の檄が招いた“ドーハの悲劇”…W杯と日本代表をめぐる光と影の珠玉トリビア 実は第1回ウルグアイ大会に日本も招待されていた
日本に負けたイラン監督、日本で指導者に。
それから4年後の1997年11月、日本はイランとの予選を勝ち抜き、悲願のW杯フランス大会の本選初出場を果たす。決戦が行われたマレーシアの地名から、こちらは「ジョホールバルの歓喜」と呼ばれる。初挑戦から数えて10回目、実に43年目でのW杯本選出場決定は、海外でも話題に。サッカーの本場イギリスでも大きく取り上げられた。その反応を引用しよう。
〈ロンドンの読者は「株式欄以外で“Japan”の見出しを見たのは初めてだ」と驚いている〉(日刊スポーツ。1997年11月18日付)
ここからW杯出場の常連となっていった日本だが、実は最終予選で日本に負けた(※大陸間プレーオフに勝ち、本選には出場)イランのバルディエール・バドゥ・ビエイラ監督は後年、日本で指導者になっている。2006年から3年間は、北信越1部リーグのAC長野パルセイロの監督を、2014年には京都サンガF.C.の監督を務めている。
あの日本戦での思い出は尽きないそうだ。取材を受けると、試合後半、イランの運動量が落ちて負けたことをはっきりと肯定。実はイランのサッカー協会側の不手際で、マレーシアへの直行便が確保出来ず、ドバイ、香港などを経由し、36時間かけての現地入りで、疲弊もやむなしの状況だったという。その上で、日本のある選手を褒めたたえる。
「秋田豊。(イランのエースの)アリ・ダエイを徹底マークしてたね」
それは、マークが甘く失点を許したドーハの悲劇とは、大きく変わった日本代表の姿だった。この時の日本代表監督の岡田武史は、「ジョホールバルの歓喜」の1ヵ月前に同職に就任したばかりだった。決戦までの短い期間の中、だからこそかもしれないが、岡田が選手たちに繰り返し言ってきた言葉があるという。
「勝って一喜、負けて一憂するな」
ドーハの悲劇のハーフタイムでの出来事を岡田が知っていたかはわからない。いや、おそらく知らなかっただろう。何故なら、この時、NHK BSで解説を務めており、試合後、「やっぱり僕、中継中にも……すいません……」と涙で声を詰まらせていたのが、岡田その人だったのだ。そして、岡田はこの後、気持ちを持ち直し、次のように語っている。
「中継中にも言いましたけどね、今の日本のチームはアジアでは、10回戦えば5回は勝っていけるチームです。我々はこれからもう、次に向かってやっていかなければならない。彼らがここまでにしてくれたものを、また、(10回中)3回(しか勝てない)の世界に落としてはいけない。それは僕らだけでなく、カタールまで来てくれたサポーターや日本で遅くまで観てくれているファンの方、みんなが一緒になって、次のフランス(大会)にね。ようやく同じレベルになれたんだから、次は、次は、きっとね……」
W杯初出場の切符を得た岡田は、直後のインタビューに「ただ、感謝の2文字です。選手に、ファンに、感謝したい」と声を震わせて答えた。その眼鏡の奥には、4年前とは違う涙が光っていた。
※1=毎日新聞静岡版。1998年5月17日付。
※2=『USA 45 minutes』とする資料もあり。
※3=出典は毎日新聞2010年5月20日夕刊他。
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