政治家はなぜ公約を破っても平気でいられるのか 『バカの壁』養老先生の深い考察
武士に二言はない
もし、現代人に、「人は変わる」ということだけをたたき込んだら何が起こるかというと、「きのう金を借りたのは俺じゃない」と、都合のいい解釈をするだけです。
借りるということは、返すという約束が前提にある。本来、約束を守れというのは社会でトップに来るルールのはずでした。
人間は変わるが、言葉は変わらない。情報は不変だから、約束は絶対の存在のはずです。しかし近年、約束というものが軽くなってしまった。
これも繰り返し言うところの「あべこべ」の表れです。変わるはずのものが変わらなくなって、変わらないはずのものが変わってしまった。
大人の社会を見ればわかりやすい。政治家は公約なんか屁とも思っていない。全部嘘つきになった。受け止めるこちらの方も、彼らの公約なんてものはすぐに変わるものだ、と承知している。
これも約束が軽くなった、すなわち情報は変化する、という勘違いから生まれた最たる例です。政治家は誠心誠意その時々で公約を言うのだけれど、自分の言ったことにこだわっちゃいけない、と思っている。言ったことはどうせ変わっていくのだ、「情報」の類に過ぎないから。でも、選挙で当選した自分は不変なんだからそれでいいじゃないか、と。
人間は変わるのが当たり前。だから昔は「武士に二言はない」だった。武士の口が重かったのは、恰好をつけていたからではない。うっかり言ったら大変だからです。
武士は下手な約束をして守れなかったら命に関る。責任を持とうと思えば、要するに責任の重い人ほど口が重くなった。綸言(りんげん)汗の如し、ということです。
約束、言葉が軽くなった理由は、同じ人なんだから、言うことは変わるはずがないだろうという前提がいつの間にかできてしまったところにある。
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たとえ公約や公言したことをひっくり返しても問題ない、なぜなら発言者である「私」は同じ人間なのだから一貫しているはずである――この種のカン違いがはびこっている。養老さんの指摘する「あべこべ」に気づかない限り政治家の嘘はなくならないだろう。いわゆる常識とは正反対の「目からウロコ」の指摘が詰まった『バカの壁』は現在、新潮QUEにて読み放題公開中である。
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