政治家はなぜ公約を破っても平気でいられるのか 『バカの壁』養老先生の深い考察

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自己の情報化

 生き物というのは、どんどん変化していくシステムだけれども、情報というのはその中で止まっているものを指している。万物は流転するが、「万物は流転する」という言葉は流転しない。それはイコール情報が流転しない、ということなのです。

 流転しないものを情報と呼び、昔の人はそれを錯覚して真理と呼んだ。真理は動かない、不変だ、と思っていた。実はそうではなく、不変なのは情報。人間は流転する、ということを意識しなければいけない。

 現代社会は「情報化社会」だと言われます。これは言い換えれば意識中心社会、脳化社会ということです。

 意識中心、というのはどういうことか。実際には日々刻々と変化している生き物である自分自身が、「情報」と化してしまっている状態を指します。意識は自己同一性を追求するから、「昨日の私と今日の私は同じ」「私は私」と言い続けます。これが近代的個人の発生です。

「君子豹変」は悪口か

 先日、講演に行った際の話です。控室にいらっしゃった中年の男性が、「私は、君子豹変というのは悪口だと思っていました」と言っていた。もちろん、実際にはそうではありません。

「君子豹変」とは「君子は過ちだと知れば、すぐに改め、善に移る」という意味です。では何故彼はそう勘違いしたか。「人間は変わらない」というのが、その人にとっての前提だからです。

 いきなり豹変するなんてとんでもない、と考えたわけです。現代人としては当然の捉え方かもしれません。

「男子三日会わざれば刮目(かつもく)して待つべし」という言葉が、『三国志』のなかにあります。

 三日も会わなければ、人間どのくらい変わっているかわからない。だから、三日会わなかったらしっかり目を見開いて見てみろということでしょう。

 しかし、人間は変わらない、と誰もが思っている現代では通用しないでしょう。刮目という言葉はもう一種の死語になっている。

 いつの間にか、変わるものと変わらないものとの逆転が起こっていて、それに気づいている人が非常に少ない、という状況になっている。いったん買った週刊誌はいつまで経っても同じ。中身は一週間経っても変わりはしません。

 情報が日替わりだ、と思うのは間違いで、週刊誌でいえば、単に毎週、最新号が出ているだけです。

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